お雛様(光忠♀ワンドロ・アイドル長谷部×アイドル光忠♀

その日、幼稚園でひな祭り会があった。
通っていた園は独特で、毎回年長組の園児はそれぞれ男雛と女雛の衣装を着て写真を撮る、という園内行事があって、一か月も前からそれを楽しみにしていた。
「長船光忠さん」
「は、はい!」
幼い声が響く。
途端にみっちゃーん!という男の子たちの声が上がった。
確か、女の子が男の子を選んで写真を撮るという手法で(今思えば誰にも選ばれなかった子どもはどうなったのだろうとか思うのだが)光忠もおろおろと迷っていた。
昔から男子に人気があったのである。
光忠を誰かに渡したくない。
だから、もう写真を撮り終え(長谷部も女子人気は高かったのだ、当時から)待機列に居た長谷部は困った顔の光忠に駆け寄り。
「はせべくん?!」
驚いた表情の光忠の手を取り、叫んだ。

「おれのおひなさまになってくれ!」




「あの時の長谷部くんは可愛かったなあ」
くすくすと光忠が笑う。
まったく、何時の話をしているのだか。
あれから15年。
光忠は長谷部だけのお雛様ではなく、全国のお雛様・・・ではなくアイドルになった。
それは長谷部も同じなのだけれど。
今日はミュージック番組の収録で、たまたま昔の、その写真を出されたのである。
長谷部と光忠は幼馴染で幼稚園からずっと一緒だった。
こうして仕事場まで同じになるとは夢にも思わなかったが・・・それはさておき。
「ふふ。お雛様になって、なんて可愛いよね」
「やめろ、恥ずかしい」
「だって」
楽しそうに光忠が笑う。
この時期になるといつも言われる、いわば恒例行事だ。
「お雛様、かあ。僕はもうそんな柄じゃないよね」
どっちかと言えば格好良いでしょ?と言う光忠。
そう言う所が可愛いのだとは・・・彼女には言えないが。
「・・・ああ、そうだ。お雛様という言葉は間違いだぞ」
代わりに話を逸らす。
光忠も話をすり替えられたと怒るより、その情報が意外だったようで。
「そうなの?」
「ああ。あれは両方とも内裏雛と言う」
「へえ」
驚いたような声が響く。
「良く知ってるね」
「まあな」
「じゃあなんでお雛様って言うの?」
「あれは、童謡を作ったやつが間違えたんだそうだ」
そんな話をしながらふと光忠を見た。
きょとんとする光忠に近付き、彼女の黒い髪を撫でる。
さらりとしたそれはあの時と変わっていなかった。
「・・・っ、待って、今汗臭いから・・・!」
「構わん」
「・・・も、長谷部くん!」
いやいやと光忠が首を振る。
ふわりと漂う桃の薫り。
「俺はくさいとは思わんがな」
恥ずかしそうな表情の光忠に小さく笑う。
「それでも気になるなら早く着替えて来い」
「・・・。うん」
ふわ、と光忠が笑って離れた。
短いスカートが揺れる。
今日の衣装は和風装束を意識したものだろうか、着物のような袖口に膝上の紫色のフレアスカート。
黄色い帯に、それを締める筈の胸元が大きく肌蹴ている。
・・・正直、目のやり場に困った。
「・・・お前、和装やめろよ」
「え?」
それを正してやり、きょとんとする光忠の髪をもう一度撫でる。
「なんで?似合わないかな?」
「似合うから言ってるんだろうが!!」
「ええ??」
理不尽な長谷部のそれに光忠が混乱した声を上げた。
「お前な、揉まれたいのか?」
「・・・?!!」
ずい、と迫り、零れ落ちそうな胸を鷲掴む。
「ちょ、な、な・・・?!!」
「男はお前のこういう姿を見てそういう事を考え・・・おう?!」
「そんな馬鹿な事を考えるのは長谷部くんだけだよ?!!」
ぶんっと拳が長谷部の顎を狙って降って来た。
・・・どこの女性が恋人のアッパーを狙おうと思うのだろうか。
「・・・。・・・和装やめたらお雛様になれなくなっちゃうけど、いいの?」
膨れていた光忠がふとそう言った。
あの時の発言、だろうか。
・・・まったく、何時の発言を引き摺っているのだか。
「良い。お前のそういう姿を見られるくらいならな」
きっぱりと言い、それにと続ける。
「お前はいつでも俺だけのお雛様だろう?」
「・・・もう」
驚いたように見開いた目を細め、くすくすと光忠が笑った。


貴女の晴れ姿を見るのは己だけで十分だ。


(それが、何よりうれしいひな祭り)

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