重傷/長い夜(へし燭SSS・ワンドロお題)

戦況は切迫していた。
次々襲い来る敵に長谷部はいい加減溜息を吐く。
「長谷部君!」
鋭い光忠の声に長谷部は振り向きざま敵を斬り捨てた。
断末魔を上げて敵が消える。
敵の出てくるまま追い続け、辺りの霧は深くなってきていた。
同じ部隊の仲間も疲労困憊で、それでも隊長である自分が先を行くから着いてくる。
「安定、そっち!」
「分かってる、よ!」
古株である二人が少し離れたところで敵を殲滅していた。
「薬研!」
「ほいよ、大倶利伽羅の旦那!」
鋭い声に黒が跳ぶ。
見る見るうちに敵が斬り伏せられていった。
もうすぐ、もうすぐで終わる。
そう全員が信じていた・・・刹那。
「へし切!」
清光の声が飛ぶ。
はっと後ろを見れば敵が刀を振りかぶっていた。
まだ残党がいたのか。
うかつだったと刀を構える。
・・・と。
「ぅ、ぁ・・・」
「・・・あ?」
ぐらりと目の前で黒が揺れた。
「!!光忠!」
「燭台切さん!」
最初に動いたのは誰だったろう。
彼が、己を庇って斬られたのだと分かるまでにずいぶんの時間を費やした。
「・・・!何をやってるんだ、貴様は!」
「・・・長谷部、くん」
怒鳴る長谷部に、へにゃ、と光忠が笑う。
よかった、と血まみれの腕を上げた。
何故こんな血にまみれているんだ。
返り血にしたって多すぎはしないだろうか。
・・・何故、この血は止まらないんだ。
「撤退命令!第1部隊、これより帰還する!異論は認めん!」
光忠を抱き上げ、長谷部は凛とした声で言い放つ。
まるで、もう一人の自分が居るかのような、そんな。
「・・・本丸に帰るまで持ちこたえろよ」
「・・・せ、べくんが・・・無事、でよかった」
囁けば、荒い息遣いの中、光忠がそっと言う。
うっすらと光が見えた。
やめろ、やめてくれ。
・・・頼むから、絶望を見せてくれるな。

夜は更ける。
ひっそりと、死を引きつれて。


薄暗い部屋の中、長谷部は光忠の枕元に正座していた。
どうにか一命はとりとめたが回復までに時間がかかるらしい。
自分が無茶な進軍をしなければこんなことにはならなかったのだろうか。
穏やかに眠る彼を見る。
自分が斬られるのは構わなかったのに。
寧ろ本望ともいえる。
なのに何故光忠は自分を庇ったのだろう。
彼がい無い世界なんて耐えられない。
崩れ落ちる光忠を見て、心底ぞっとした。
何故そんな馬鹿な真似を。
・・・そんなこと、赦すくらいなら閉じ込めてしまった方が遥かにましだ。
人形のように横たわる光忠を見ながら思う。
硝子けぇすに詰めてしまえたらどんなに心穏やかになる事だろうか。
塗り潰したそれは彼が斬られたときに壊れてしまっていて。
静寂、ごぽりと何かが音を立てた。


闇は黒さを増していく。
長谷部の心の中の如く、深い黒。

・・・長い夜は、明けたばかりだ。

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