奇病へし燭安清 夜の肝試し編

奇病へし燭の流れを組む話。大丈夫そうならどうぞ。

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「長谷部、長谷部、長谷部ー!」
バタバタと響く足音の後、突如として病室の戸が開けられる。
そこに立っていたのはお隣さんの加州清光くんと大和守安定くんだ。
二人とも僕らより年下で、僕らと同じような病気にかかっている。
清光くんは涙宝病、安定くんは指宝病だったかな。
「なんだ、五月蝿い、加州。大体お前年上を呼び捨てにするなと何度言えば」
嫌な顔をしていう長谷部くんのベッドに勢い良く清光くんが飛び乗った。
それから。
「肝試し、やろ!」
「は…?」
突拍子もないそれに長谷部くんが毒気を抜かれたように首をかしげる。
でもそれは僕だって同じだった。
肝試し?なんで今?
「清光、二人に迷惑かけないの」
「安定」
はあ、という声と共に安定くんが僕のベッドの縁に腰かけた。
「お前が言い出したんじゃん!!丑三つ時、隔離病棟と一般病棟の間にもう一つの扉が出来るって!!」
「…はい?」
キッと睨む清光君の言葉に長谷部君がまた首をかしげる。
…えっと。
それから聞いた話をまとめるに、安定君が持ってきたそれは確信もない噂話のようなんだけど、その発信源が薬剤師の一期さんらしくて否定も出来ず、挙句、「お前怖いの?」「はあ?!怖くないし!」「じゃあ確かめよう」、ということになったらしい。
確かに看護師の鶴丸さんや院長の宗近さんならともかくあの一期さんだ、信じてしまっても当然かもしれない、かな?
僕たちが巻き込まれたのはたぶん…味方が欲しかったからだと思う。
「…くだらん」
「いいじゃない、僕らも朝も昼も夜もないんだし」
大きなため息を吐き出す長谷部君に僕はくすくすと笑って見せた。
「お前なぁ」
「あ、もしかして長谷部も怖いの?!」
「…あ?」
ぱあ、と清光君が呆れた表情の長谷部君に言う。
…あ、地雷踏んだかも。
「…いいだろう…ビビッて逃げ出すなよ、加州、大和守…それと、長船…!」
悪い顔をした長谷部君が僕らを見る。
…ああ、やっぱり僕も巻き込まれるんだね…。
大丈夫かなあ…。



そして、丑三つ時。
「…待て、何故俺が先頭なんだ」
むすっとした長谷部君が僕を振り仰ぐ。
「だって二人に先頭行かすの可哀想でしょ」
「お前が先頭行けばいいだろうが!」
「長谷部君が言い出したんでしょ!」
「言い出したのは俺じゃない!」
「ま、まーまーー!!」
言い争う僕と長谷部君を安定君が止める。
その後ろでは清光君が心配そうに見上げていて。
仕方なく僕らは口論をやめた。
「い、行くぞ」
長谷部君が足を踏み出す。
慌ててその服の後ろをひっつかんだ。
どうして夜の病院ってこんなに怖いんだろう…。
歩いている床が軋んだ。
昼間はあんなに明るいのに窓からは光が一筋も入らない。
頼りになるのは長谷部君の持つ懐中電灯の光だけだ。
「…なんか、出そう、だよね…」
「…そういうこと言うな、ばかっ!」
辺りを見回しながら僕の服の裾をつかみつつ小さく呟く安定君にその後ろの清光君が怯えたように声を荒げる。
4人でくっつきあいながら進むその姿はきっと第三者が見れば微笑ましいものなんだろうけど、当の僕らはそれどころじゃなかった。
「…ね、え。何か音が聞こえない…?」
「おい、長船!」
「光忠さん?!!」
「…長船さんまで何っ、言い出して…っ」
何か聞こえた気がして恐々と振り返る僕に他の三人も足を止めてそぅっと振り返った。
光の先には何もいない、耳を澄ましても何も聞こえなくて、ほうっと胸をなでおろしたその時。
ギッギッ、と音が響き、黒い影が…。
「ひっ…あっ…」
「逃げよ…っ!早く!!」
「ま、待って、やだぁ…!」
「う…っ、うわぁああっ!!!」
ぬぅっと伸びてきた腕に僕らは絶叫を上げ、一目散に駆け出した。


「お前らホントいい加減にしろよ!」
病室に日本号先生の声が響く。
いつもは飄々としてる日本号先生の目が怖い。
あの後、伸びてきた腕に引っ掴まれ、僕らは病室に押し込められた。
腕組をして見下ろしているのは長谷部君の主治医、日本号先生だ(ちなみに当直だったらしい)
僕らは全員正座でそっとかれを見上げている。
ど、どうしよう。
安定君もおろおろしてるし清光君も涙目だし…。
僕だって怖いけど…でもここで怯んじゃ…!
「み、皆は悪くないよ?!」
バッと顔を上げる僕に隣の長谷部君が違う!と声を上げた。
「長船が悪いなら俺も同罪だ!」
「は、長谷部君…」
顔を上げてしっかり言う長谷部君に思わずきゅんとする。
本当に、格好良いなぁ。
…ふわり、花びらが舞う。
ああ、いけない、怒られてるのに。
「…僕が噂持ってきたんだ」
安定君がしゅんとする。
別に安定君が悪いわけじゃないのに。
慌てて僕が立ち上がって慰める。
長谷部君が日本号先生を睨んだ。
自分の主治医なのにホント長谷部君は日本号先生のこと嫌いだなぁ。
…と、ひっく、と隣でしゃくりあげる声が聞こえる。
「…お、おれがぁ、俺がやろうって言ったー!」
うわぁあん!と泣き出す清光君。
「清光、泣くなよ。宝石出てくるよ」
「…ふぇ、だって、だってぇ…」
ぐすぐすと鼻をすする清光君の目からはまだ宝石は零れ落ちてない。
「大丈夫、僕もいるだろ?」
「…う、ん」
優しい安定君の声にぽろりと小さな蒼い宝石が転がった。
「…あのなぁ」
はあ、と日本号先生の声が響く。
ぴし、と空気が固まった。
「お前らが悪いんだろうが!!なんで俺が悪いみたいになってる!!大体光忠!お前がついていながらだなあ…!」
「ご、ごめんなさい!」
突然怒鳴られて僕はびくんっと体を強張らせる。
「長船は悪くないと言ってるだろう!大人げないぞ、日本号!」
「そうですよ、日本号先生!」
「日本号先生、怒らないでぇええ!!長船さんはわるくないからぁあ!!」
「…みんな…」
「だから、論点のすり替えをだなぁ…!」
ぎゃーぎゃーと声が響く、午前4時の病室。
朝は、もうすぐ。

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