夏の終わり(へし燭SSS・ワンドロお題)

蝉の声がする。
鳴き声が夏の始めの頃と違うから、月日が流れるのは本当に早い。
「光忠」
「?何ー?」
襖の奥に声をかければ光忠がひょこりと顔を覗かせ俺を見る。
黒く長い着流しを着込み、黒い手拭いで髪を纏めているところからして…掃除でもやっていたんだろうか。
「またこんな暑いときに掃除か?精が出るな」
「暑いっていったって僕掃除くらいしかすることないんだもん。それにもう夏も終わりだし、大分涼しくなってきたよ?」
「そうか?今日は昨日より暑かったぞ」
くすくすと笑いながら光忠がこちらにくる。
ぽすんと俺の膝の間に収まった。
…だから暑いと言っているのに。
「…お前、俺よりでかいくせにやめろ、重い」
「いいじゃないか。ね、そこ開けてくれないか」
「ここか?」
引き出しを開けると小さなお猪口が二つ入っていた。
…なるほど、ばれていたか。
「良く今日の土産が酒だと分かったな?」
「ふふ。君が僕を呼ぶときは大体そうだろう?」
可愛らしく光忠が笑う。
どうやら全てお見通しらしい。
「…夏もさ、終わりなんだね」
「…そうだな」
燃えるような夕陽に光忠の手が小さく震えていた。
俺はそっとその上から握り込み…大丈夫と囁く。
小さく頷く光忠にお猪口を渡した。
「夏終わりの夕涼みに一杯」
「暑いんじゃなかったのかい?」
くすくす笑ってそれを受けとる彼のそれに、拝借してきた徳利を傾ける。



赤は黒にとけ、やがて色を失った。
まるで彼のように。




夏の終わり、長い夕暮れ黒い影。

囚われたのは俺かそれとも光忠か。

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