喧嘩(へし燭ワンドロSSS

「この馬鹿!金輪際俺に近付かないでくれるかな、偽物くん!」
「写しは偽物ではないと!!言っているだろう!・・・まて、本歌!」
ぎゃんぎゃん言う声が響く。
半ば恒例となった国広と長義の痴話喧嘩に周りは「またか」と苦笑気味だ。
それを見つめ、はあと溜息を吐き出したのは・・・長谷部だった。
空を見上げ声を溢す。
「あれくらいなら・・・可愛かったんだがな」



それが起こったのは確か数日前だった。
「ねえ長谷部くん」
「あ?」
珍しく酒を呑んでいた長谷部にひょこりと光忠が顔を出し、声をかけてくる。
少し眉を顰め、光忠は「薬は?」と言った。
そういえば風邪気味だったので薬を処方してもらっていたが、果たして飲んだだろうか。
あまり覚えていないので適当に答える。
「ん?ああ、飲んだ」
「薬飲んだのにお酒呑んでるのかい?」
「・・・飲んでない」
「どっちなの」
もう!と光忠が呆れた声を出した。
酒と抗生物質は良くないというのは微かに聞いた覚えはあるが・・・そんなにいけないことだろうか。
「あのねえ、長谷部くんはもう少し自分の身体を大切にした方が・・・」
「五月蠅い、燭台切。お前にとやかく言われる筋合いはないぞ。大体お前は俺の事に対して色々言い過ぎなんだ。世話係でもあるまいし・・・」
「・・・は?」
つらつらと文句を言っていた長谷部を遮ったのは光忠の低い声で。
それにやばいと思ったのも後の祭りだった。
「お、おい、燭台・・・光忠?」
「・・・。・・・もう、いい」
「おい!」
冷たい声に声を荒げて彼の肩を掴む。
途端、ぱしんっと言う音が響いた。
「触るな」
冷ややかな声は光忠の様ではないようで。
じんと熱を帯びる無意識に掌を握りしめる。
「・・・ははっ」
思わず笑いが出た。
ここまでのは久しぶりだ。
長谷部を見る柔らかな金の瞳は恐ろしいほどに冷め切っていた。
それはまるで織田時代の・・・感情の無い彼を見ているかの如く。
(美しい、とぼんやり思った)
「っ、光忠!」
思考を引き戻し慌てて声をかける。
「もう君に関わらない。だから君も僕に関わらないで」
固い声で光忠が言い、ふわりと燕尾の裾を舞わせた。
遠くなる彼の姿を見つめ、はじめて喧嘩した時もこうだったな、と頭の片隅で思う。
感情の一切なくなった、金色の瞳を見る度ぞくぞくと背を何かが駆け抜けた。
悪趣味だなと自分でも思う。
それでも。

その瞳が見たくて長谷部は彼を怒らせる言葉を吐く。




・・・光忠の怒りがなかなか溶けないのも忘れて

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