純情少年と悪いお姉さん、デプレーションエンド/ザクカイ♀

「お前さんなら優しくしてくれるんだろう?…忍霧」
笑うカイコクからザクロはそっと身を離し、ベッドから降りる。
「…?忍霧?」
「……。…もう、寝ろ」
ザクロの言葉に妖しく笑うカイコクが途端に表情を戻し、不思議そうに首を傾げた。
「…なんで」
「貴様、疲れているんだろう。普段の貴様ならそんな事は言わない。…大体、俺が女性が苦手だというのは貴様も知っている筈だ。優しくも何もあったもんじゃない。必ず、どちらかは傷付くに決まっている。俺は、後悔をさせたくはないんだ。それに、何も冷静な判断が出来ない時に無理に事を推し進めなくても…」
「…もう、いい」
ザクロの言葉を遮る様にカイコクが大きな声を出した。
え、と振り向くザクロの目に映ったのはベッドから降り、扉へと向かおうとする姿で。
「おい、待て!何処へ…」
「帰る」
短いそれに、思わず動きが止まる。
近づくことも赦さない、拒絶のそれだった。
「帰るって…」
「服は着てる。部屋だって隣だ。…お前さんが言う、危ないことは無い筈だぜ、忍霧」
「…」
「迷惑、かけたな」
戸惑うザクロに、カイコクは静かに微笑み、おやすみとだけ告げる。
バタン、と扉が閉まる前に聞こえた小さな声は、何を言ってるのかさえ判別が付かなかった。
「…くそっ」
思わず悪態を付いてベッドに腰を掛ける。
カイコクは、何を望んでいたのだろう…本当にこのまま抱いてほしかったのだろうか。
他に意味があったのではないのか。
女体化して、心底怖かったのはカイコク本人に違いない。
戻れるか分からない恐怖と、周りからの僅かな視線の差。
今いる仲間たちは特異な目では見ていないだろうが、実況を見ている外部がどうかなんて、ザクロにだって分からないのだ。
だが、パカメラの量と廻る腕のカウンターのスピードは意図がどうであれ圧倒的に増えた。
それを恐怖と言わずに何だというのか。
「…取り敢えず、謝らないと」
小さく息を吐き出し、ザクロは立ち上がる。
少し考えれば分かるはずなのに。
カイコクにかける言葉はまだ見つかっていないが、謝罪だけはしておきたかった。
自分の部屋を出て、隣へと向かう。
「鬼ヶ崎、すまなかった。俺が無神経…。……ぇ?」
ノックしようとした手が止まった。
ほんの少しだけ開かれた部屋の中は真っ暗闇で、主の不在を伝える。
「…鬼ヶ崎?」
中に入り、一通り見て回るがやはり何処にも居なかった。
その事実を理解し、ザクロは走り出す。
食堂も、露天風呂付近も、食糧庫も見て回った。
だが何処にも居ない。
深夜にはタワーも閉まってしまうから恐らく外にはいないだろう、そも、そんな短時間で外には行けないはずだった。
「…何処にいるんだ、鬼ヶ崎!」
ガン、と壁を殴る。
痛みが、これを夢ではないと伝えた。
51階以上に拉致られたか、はたまた白の部屋か。
どちらにせよゾッとする。
…と。
『…ぃやだっ、やめろ!!』
『…無駄ですよ、鬼ヶ崎様。ワタクシがじっくりと遊んであげましょう』
「…!この、声……」
よく聞いた、胡散臭い声にハッと顔をあげた。
第四研究室、と書かれた小さな扉を鍵ごと抉じ開ける。
「…ぅぐ…あ……!」
「鬼ヶ崎!!!」
「…おや、お早い御到着でしたね、忍霧様」
目に飛び込んできた光景は、無機質な台に縛り付けられ、苦しそうなカイコクとこちらを振り向くパカだ。
「良かったですね、鬼ヶ崎様。王子様の御到着の様です」
「…貴様…っ!」
さらりと揺れる黒髪に触れるパカに怒りが沸き立って仕方がない。
ナイフの刃を出そうとした…刹那。
「…悪い子の忍霧様には一つ助言を差し上げましょう」
パカがこちらを向く。
臨戦態勢のザクロにパカが近づいてきて囁いた。
「心を壊してしまえば、躰は何時だって手に入るのですよ」
…と。
「ふざけるなっ!!!!」
それを聞き、頭に血が上って攻撃をしかけるザクロを止めたのは…他でもない。
「…おし、ぎり?」
…ゆわりと夢から醒めたカイコクの声だった。
「…鬼ヶ崎」
慌ててそちらへと向かう。
その隙に何処かへ行ったようだったが…もう、用はなかった。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「…ああ。…助けに…来てくれたんだな」
心配するザクロにへにゃ、とカイコクが笑う。
良かった、と笑うから、良くない!と思わず大声を上げた。
「おし、ぎり?」
「…心配、したんだぞ」
「…うん」
「…貴様に、何かあったら…」
「…悪かった」
目を見開くカイコクを抱きしめて息を吐き出す。
震えが、止まらなかった。
涙で前が歪む。
良かった、と心底思った。
「…忍霧、痛い」
「…へっ?…あぁっ、すまない!!」
その声に慌てて体を離す。
どうやら強く抱きしめ過ぎていたらしかった。
「…帰ろう、鬼ヶ崎」
「…あぁ」
縛られていたそれを解き、立ち上がらせる。
多少ふらついたもののしっかりとした足取りで、恐怖で腰が抜けた、なんてことはどうやらなさそうだった。
「…お前さんが、そう言ってくれたのは3度目だな」
「…そうだったか」
「…」
ふふ、とカイコクが笑う。
その表情は何処か嬉しそうで。
「…先程は、すまなかった」
「何の事だったかな」
ザクロの謝罪もあっさりとはぐらかす。
いつもの、鬼ヶ崎カイコクだった。
それに少しホッとする。
「じゃあ、また明日な」
部屋の前まで送り届け、軽く微笑むカイコクに、ああ、と頷きかけ…ふと入れ墨の辺りに紅い跡を見つけた。
「…貴様、それ」
「…ああ。さっきやられたんだ」
指摘した途端にカイコクがそれを手で庇う。
押さえつけられたかの様な鬱血痕。
それはよく見れば白い手首や柔らかな太腿にも付けられていて。
…ザクロの中で何かがぶつりと…キレた。
「…いっ…何すんでェ、忍霧!!…っ?!」
カイコクを無理矢理部屋に押し込め、ロックをかける。
痛みに呻き、睨むカイコクに…深く口付けた。
「んぐっ、はっ、ふ…んーっ!!!」
意外と快楽には弱いカイコクの、一番弱いところを擽ってやれば一発で堕ちる。
女体化してもそこは変わらないようだ。
「…は、ぅ……おし、ぎりぃ…?」
「貴様、言ったよな?俺になら構わない、と。…それは、何をされても構わない、ということなんだろう?」
何をされているのか、と見上げるカイコクをずるりと引っ張り、布団の上に突き飛ばす。
「…いっ、ぐ……!」
痛みに表情を歪ませるカイコクに馬乗りになった。
「なあ。鬼ヶ崎?」
「…。…言った…が、それは、お前さんが……」
「俺が、なんだ?何も出来ない意気地なしとでも?」
言い淀むカイコクの、入れ墨に手を伸ばした。
付いた跡をなぞればびくりと躰が跳ねる。
「…ぃ、やだ」
「今更逃げるのか」
「ちが…!」
ザクロの言葉にカイコクは勢い良く顔を上げた。
「パカには触れさせておいて、俺からは逃げるんだな、鬼ヶ崎」
「違うって言ってんだろう!いい加減頭を冷やせ、忍霧!」
カイコクが大声を出す。
それに思わず笑ってしまった。
「俺は極めて冷静だが」
「…それのどこが冷静だって…!」
声を荒げながらカイコクはザクロから距離を取ろうとする。
カリ、と細い指が畳を引っ掻いた。
藁が毛羽立ち、傷がついたことを知らせる。
「逃げるな」
それを許すはずもなく、ザクロは無理やり引っ張ってもとの位置に戻した。
ずい、と、顔を近づける。
「優しくはしない。俺を煽ったこと、後悔させてやる」
「…忍霧」
怯えたように己を見るカイコクにマスクを取り、笑みを見せた。
…絶対に、赦さない。
綺麗な躰を誰かに触れさせた事も、ザクロが見たことない表情をよりによってパカに見せた事も。
「逃げるなら縛っておかなくては、な」
「っ!何しやがる!やめろ、よせ!!!」
青ざめるカイコクの両手を無理矢理取り上げ、紅い麻縄で縛り上げる。
ダンッと自分のナイフを杭代わりにした。
「忍霧……ひっ、ぅぐ…いだ、ぃ…っ!」
入れ墨に重なるよう残った鬱血痕を上書きするよう力を込める。
「ふぁあっ?!!ひぃぐ…ゃ…やめ…!」
嬌声を上げ、いやいやと首を振るカイコクの首を舐め上げた。
途端にひっと短い悲鳴を上げカイコクが逃げ腰になる。
それをさせてなるものかとすぐに引き寄せた。
逃さないと、決めたのだから。
「…忍霧ぃ、もうやめ…ふぁあっ?!」
可愛らしい声を上げるカイコクが懇願しか言わなくなったのはいつからだったろうか。
「誰の手にも触れさせない。誰の目にも触れさせない。…鬼ヶ崎は俺のものだ」
ザクロの目が淡く光った。
その瞳に映るカイコクは…どんな顔をしていたのか。
「愛している、鬼ヶ崎」
微笑むザクロが…知る由はなかった。
赤い月の夜はまだ…明けない。

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