閉じ込められた世界の時計台より幸せの音を込めて(ザクカイ

「知っているかい?こんな世迷い言を。…寒い朝、ゲノムタワーより北の、雪降る街にある時計台の頂上で永遠の愛を誓う。そうすればカミサマが叶えてくれるんだと」
さてそれは誰が持ってきたおまじないだったか。
何処にでも転がっている、ありふれたジンクス。
眉唾でしか無い話。
女子が盛り上がっていたから(ついでに入出も)、やはりそういう話は好きなんだな、とだけ思った。
「くっだんねぇ!」
そう言ったのは駆堂で。
まあ俺も確かにくだらないとは思ったがあまりの言い草に少し眉を潜めた。
「もう少しマイルドな言い方は出来ないのか、貴様」
「んだよ、テメーだってそう思ってるくせに」
「…なんだと?」
突っかかって来られ、思わずムッとする。
もはや条件反射のようなものだった。
「俺は別にそんなこと思ってはいない!」
「あー、そーかよ!んじゃあ試してみろよ!!」
ギャーギャー言い争いをしている間に「止めてくださいよ、カイコクさぁん」と入出が情けない声で鬼ヶ崎に縋る。
それに鬼ヶ崎が小さく肩を揺らした。
「まあ退屈しのぎにゃなるんじゃねぇか?」
ふわふわと、楽しそうに言うから。
なんだか無性にむしゃくしゃした。
「…分かった」
「あ?」
「え?」
「お?」
「試してみるだけだからな」
そう、ぽかんとする全員に俺は言い訳する。
別に…駆堂に煽られたからでは、なく。
俺が気になっているだけだと。
呆けた顔をする鬼ヶ崎の手をぎゅっと握り、俺は宣言した。
「明朝、鬼ヶ崎と共にそのおまじないとやらを試してきてやる!!」

「…忍霧」
「…すまない、鬼ヶ崎」
吐く息白い朝、太陽すらいない無人の街に向かいながら、俺はムスッとした鬼ヶ崎に何度目かの謝罪をする。
「…俺が低血圧なの知ってんだろ」
「…悪かった」
ぶすくれ、文句を言いながらも鬼ヶ崎はきちんと着いてきてくれた。
嫌なら嫌と言うタイプだから、今回は俺を立ててくれたらしい。
その辺は真面目というか何というか。
「ほら着いたぞ鬼ヶ崎!」
「…寒ぃ…」
ようやっとお目見えした時計台を指をさして言うが鬼ヶ崎は寒さに身を縮め、あまり動く気がなさそうだった。
不味い、このままだと見たから帰る、と言いかねない。
「実際に見るとテンション上がるな、なあ鬼ヶ崎、そう思わないか?!」
「…まあ、なあ…」
強引に同意を得て、時計台の中に入った。
中はがらんどうで何もない。
古ぼけた室内でステンドグラスだけが俺達を迎えてくれていた。
「どうやって上がるんだ?」
「…さあ?」
「…。…少し見てくる」
やる気のない鬼ヶ崎を置き、俺は細い廊下を進む。
薄暗いが見えないほどではないそれは進むに連れ急な坂になっているようで。
「おい!置いて行くなら帰るぜ、忍霧!」
「へ?あ」
ふと聞こえた怒鳴り声に下を向けば、ステンドグラスに照らされた鬼ヶ崎が不機嫌そうに俺を見上げていた。
どうやらそれなりに上へと来てしまったらしい。
「すまない、鬼ヶ崎!奥の廊下を進んできてくれないか!」
「はぁ?!廊下ぁ?!」
手摺から下に声を投げた。
不満そうなそれが飛んできたものの、鬼ヶ崎は指示を聞いてくれる気でいるらしい。
廊下の奥に進んだ姿を確認し、ホッとした。
「…永遠の愛、な」
おまじないの内容を思い出し、俺は息を吐く。
こんなことで永遠の愛など、確実になるのだろうか。
…と。
「おーしーぎーりっ!」
「おぅわ?!」
後ろからいきなり抱きつかれ、俺は蹈鞴を踏んだ。
「何をする!!」
「俺を置いてった罰でェ」
くすくすとたいそう楽しそうに鬼ヶ崎が笑う。
まったく、と呆れながら置いていったのは俺なので何も言えなかった。
ドキドキするからやめてほしいのだが。
「…行くぞ。…っ、いつまでくっついているんだ貴様は!」
「あぁ、ほら、前見てねぇと足滑らせるぜ、忍霧?」
「誰のせいだ!」
くすくす笑う鬼ヶ崎に振り向いて怒鳴りながら俺は小さく溜め息を吐き出す。
楽しそうに笑う、年相応の無邪気なそれを可愛いと思ったり思わなかったり。
「…雪だ」
「…寒ぃと思ったら」
暫く無言で歩いていた俺の声に鬼ヶ崎が眉を顰めるから、俺の白いマフラーを被せてやった。
「…」
「少しはマシだろう」
「…借りておく」
そういうと、鬼ヶ崎はマフラーを頭に被せたまま歩き出す。
良いんだろうか、と思いつつ俺は深く突っ込まないことにした。
「…っ!」
「こりゃあ……」
ふと、視界が開ける。
ぶわりと目に飛び込んできた景色は…今まで見た中で一番美しいそれだった。
恐らく、賑わうはずだった街に降る…白い雪は。
深く優しく降り積もり、眠りについた街を劇場に変えていく。
それを…綺麗だと、思った。
まるで、過去をなかったことにする…鬼ヶ崎のようで。

嗚呼、誰かの作り話だって良いじゃないか。
俺が、俺達が本物に変えてしまえば。

二人きり、廃墟寸前の時計台で愛を誓うなど、疑似結婚式のようだな、と思った。
「…鬼ヶ崎」
「忍霧…?」
ふわ、と白いマフラーを揺らす鬼ヶ崎に口づけをする。
少し震えたが、鬼ヶ崎は従順に受け入れた。
『廃都アトリエスタにて、永遠の愛を誓う』
どちらともなく重なる唇の下、そっと呟く。
ふわふわと、雪が手摺に降り積もった。
誰も居ないはずの時計台、今まで鳴ったことがなかった鐘の音がカランコロンと音を立てる。
それはまるで、俺達を祝福しているように思えた。

「で?どうだったんですか、おまじない!」
「…内緒だ」

name
email
url
comment