マジックシェフ×リクルーター

カチャカチャと泡立て器で卵を混ぜる音が響く。
今日は来てくれるだろうか。
いつもの時間、水曜日の午後2時40分。
私が一番楽しみにしてる時間だ。
「こんにちは!」
カランコロン、という音と共に飛び込む、可愛らしい声。
「いらっしゃい、リクルーター!」
慌てて、泡立て器を置いて私は顔を出す。
私の顔を見るなり、ローズクォーツのポニーテールがぴょこんと揺れた。
彼女はリクルーター、私の店が出来た頃からの常連さんなの。
「ちょっと遅くなっちゃった」
「来てくれるだけで充分!で、何にする?」
メニューを差し出すとぱあっと表情が華やぐ。
ふふっ、可愛いなぁ!
ブラックコーヒー頼んで、でも苦いの苦手だから後で砂糖とミルク足しちゃうのも、それが分かってるから紅茶にしようか迷ってるのも可愛いんだよね、リクルーター!
でもやっぱりブラックコーヒーにしちゃうんだけど。
「はい、これ」
「わぁあ、良いの?!」
だから、私は最近試作として作ったスイーツをサービスしてる。
こんなキラキラした顔されたらつい作っちゃうの、仕方ないよね?
「いつも頑張ってるから」
「えへへ、ありがとう。…わぁあ、黄色い葡萄なんて初めて見た!」
嬉しそうな声。
彼女の目の前にあるのは、最近作り上げた三種の葡萄パルフェ、だ。
いただきます、と手を合わせるリクルーター。
匙に掬われた生クリームとマスカットが口に消える。
「んー、美味しい!こないだのイチゴソースが付いたブラックチェリータルトも、ラムネ色のメレンゲが乗ったブルーベリーマフィンも、青リンゴのミルフィーユもバナナオムレットも美味しかったけど、このパルフェもすごく美味しいわ!」
「ありがと。リクルーターが美味しく食べてくれるから頑張っちゃった」
「…」
そう言うと、リクルーターは小さく溜め息を吐いた。
あら、どうかしたのかしら?
「…何か、あった?」
「…上司に怒られちゃった」
困ったように笑うリクルーター。
「もう、何がしたいのかよく分からなくって…」
目を伏せるリクルーターに、私はパルフェに乗っていた巨峰を口に突っ込む。
「?!シェフ?!」
「今のリクルーターは、私のパルフェを食べて幸せになること。それが出来れば充分だわ」
「…シェフ……」
アクアマリンの瞳が大きく見開かれた後、とろりと溶けた。
「私、魔法が使えるのよ。一つはリクルーターを元気にする魔法」
一匙掬って、今度は自分の口に放り込む。
甘ったるく口に広がるのは、私が秘めた恋の味。
「…一つ?まだあるの?」
ポニーテールが不思議そうに揺れた。
それに内緒、と笑ってみせる。


背伸びして頑張るコーヒーな彼女に、私は甘い甘いスイーツの恋を、した。

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