泣かないでマイハニー!(ザクカイ)

その日は朝から妙だとは思った。
カイコクがなかなか起きてこないのは普段通りだとして、起きてきてもいつも着けている鬼の面を忘れてくるし、どこかフラフラしているし、何でもない段差で躓いているし、大丈夫かとザクロが声をかけても生返事をするばかりで。
面を取りに行くと言ってからもう30分は過ぎているのに一向に帰ってくる様相を見せないカイコクに、流石にイライラした。
様子を見に行こうと立ち上がった直後、彼が姿を現す。
「遅い!また貴様は人に迷惑をかけて!今日は特にゲームがないからだなぁ…!」
思い切り叱りつけこのまま説教してやろうと思うも、ふといつものへらへらした様子や、煽ってくる言葉がないから不思議に思ってカイコクを見上げた。
普段なら「俺が何したって言うんでぇ?ん?何か証拠は?」くらいは煽られるのに。
だから、ただただ驚いたのだ。
カイコクが、ポロポロと涙を溢しているだなんて。
「?!!な、何も泣くことはないだろう!」
「…は、ぅ…ぇ…?」
目を見開き、思わず指を差すザクロに、カイコクはきょとんとした。
「あ、れ…なんで、俺ァ…」
「良いから泣き止め、鬼ヶ崎!!このままでは…!」
「…このままでは、何でしょうか」
流れる涙に、自身も混乱しているのだろう、助けを求めるように見るカイコクにザクロは焦ったように声をかける。
そんなザクロの背を、とん、と叩いたのはヒミコであった。
手にはいつもの閃光弾が握られている。
「い、伊奈葉…?!」
「忍霧さん。どうして鬼ヶ崎さんが泣いているか聞かせてもらっても良いかしら?」
「さ、更屋敷まで…」
にっこりと笑むカリンに、ザクロは引き攣った表情を見せた。
縋るように少し離れたところにいるユズへと目線を送る。
「諦めるにゃ、ザッくん。…ボクも今日はカイさんの味方だしね」
静かにユズが笑った。
ホワイトパズル以降、カイコクを庇護対象としているのはザクロだけではなかったらしい。
「忍霧さん、鬼ヶ崎さんを泣かせましたね……」
「どういうことか説明してください…?」
「ま、待て、落ち着け、伊奈葉!更屋敷!」
普段なら、またやってるーとザクロとカイコクのやり取りを見ているだけの女子たちが揃ってカイコクの味方になるとは、途方に暮れてしまった。
その腕がぐいと引かれる。
「テメー何したんだよ!」
「おっ、俺は何も!」
引っ張られた先にはアンヤがいて、ひそひそと焦った様子で聞いてくるから、ザクロも同じように答えた。
少し向こうではホロホロと未だに涙を流すカイコクの頭をマキノが撫で、アカツキが優しくもてなしている。
あちらは任せていて大丈夫だろうとアンヤに向き直った。
「何もしてねぇなら泣いたりしねぇんだよ!」
「そうだが!本当に俺は何もしていないんだ!」
「いいか?!相手が泣いたらこっちは悪くなくても取り敢えずごめんなさい、だ!ケン兄もそう言ってた!」
「受け売りか!」
「ケン兄は彼女持ちだったんだぞ?!方法としては有りだろうが!」
「な、なるほど…?」
普段の言い合いに発展しそうになったが、確信を突かれ、ザクロは思わず納得する。
「…あの、鬼ヶ崎。すまない、俺が悪かった」
「…べ、つに…お前さんは…悪く、ねぇ…だろ…」
謝るザクロに、ぐす、とカイコクが鼻をすすった。
「まあ、何が悪いか理解してないのに謝られても、というのはありますよね」
「ああ、それはシン兄も言ってた。反省しないのは腹立つって」
「おい、貴様!!」
しれっとアカツキに言うアンヤに思わず怒鳴る。
びくっと目の前の彼が震え、女子の怒りボルテージが更に上がった…ような気がした。
「……ザクロくん、カイコッくん………ぎゅって…したげて……」
「わ、分かった!!」
マキノのそれに頷き、ザクロはカイコクを抱き寄せる。
「…!」
「悪かった!…その、頼むから泣かないでくれないか…?」
「お、れだって…泣きたくて泣いてる、わけじゃ…!」
「…。…カイさん、今日は休み給え」
幼子のように声をつまらせるカイコクにほとほと困っていれば、ユズがそんなことを言った。
「体調が悪い時は、叱責されただけで心のバランスが崩壊するものさ。…何、半日休めば回復するだろう。ザッくん、カイさんを頼むぜ?」
「あ、あぁ」
笑顔のユズがまだ納得のいっていないメンバーを連れて外に出る。
「…鬼ヶ崎、体調が悪かったのか」
「…分かん、ねぇ。だが、何時もより身体が動かねぇんだ」
静かに涙を溢すカイコクは、どうやら自身が体調が悪い事に気がついていないらしかった。
「…。…茶でも飲むか?淹れてきてやるから、座って待って…鬼ヶ崎?」
ソファに座らせ、歩きだそうとしたザクロの袖がくん、と引っ張られる。
ふるふると首を振り、ここにいろと言外に伝えるカイコクに、小さく息を吐いた。
「…。…わかった。ここに居てやるから」
「…ん…」
涙を拭ってやり、優しくそう言えばカイコクはようやっと微かに頷く。
普段からこうなら可愛いのに、とザクロはそっとその黒髪を撫でた。

その数時間後、そのまま寝落ちてしまった二人が見つかるのは…部屋にいたパカメラだけが知っている。

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