いっぱい食べる君が好き!

ザクロ
朝食(ツナトーストときのこのスープ、ホッケと茶碗蒸し/茶碗蒸しを差し出すカイコクの手首を掴んで引き寄せキス)
「…遅いじゃねぇか」
日課であるランニングが終わって、シャワーを済ませてから食堂に向かったところで…かけられたのがこれである。
「…普段と変わらん」
「俺より遅えくせに?」
思わず顰めそうになるそれを抑え、カタン、と持ってきた食事をテーブルに置くザクロにそう言うのはカイコクだった。
普段この時間は、まだ寝ている彼を起こしに行くから…その事を言っているのだろう。
カイコクは朝はあまり得意ではないらしかった。
「…。…少し…トーストに手を加えていたんだ」
「へぇ?」
そう言いながら彼の横に座る。
何を食べているんだ、と聞けば「ホッケ」と短い答えが返ってきた。
相変わらず綺麗に食べるな、とぼんやり見ていれば「そっちは?」とカイコクが聞く。
「キノコスープがあったからそれとサラダと…後はツナトーストを」
「ツナ、トースト?」
きょとん、と彼が箸を咥えたまま首を傾げた。
知らないのか、と驚くが、カイコクは普段から和食を食べているのだ、知らない事もあるだろうと思い直す。
「マヨネーズとツナ、炒めた玉ねぎとしめじを乗せて焼いたんだ」
「…ほぅ……」
ザクロのそれにわくわくとした表情を、カイコクは見せた。
あまりこういうものを食べたことがないらしい彼が食べてみたいと思っているのだろうという事はその顔からも明らかで。
年相応のそれにザクロは小さく笑う。
「お前さん、そんなものも作れんのかい」
「これくらいは…。…両親が不在の時サクラに作ってやっていたからな。サクラは料理が苦手なんだ」
「…あー……」
 至極当たり前のように言うザクロに、カイコクは複雑そうな声を出した。
 何やら思い出したことがあるらしい。
「貴様は料理が苦手だったな」
「…。…苦手なんじゃねぇ。作ってたら焦げるんだ」
 どうやら地雷だった彼のそれに、料理は勝手に焦げない、と言いたくなりつつ、怒れる猫の尾を更に引っ張ることもなかろうと曖昧な返事をしておいた。
それで治まる彼ではないのを知っていたから、ザクロは温かいトーストを手に取る。
「少し食べるか?」
「いいのかい?!」
ザクロのそれにぱあ、と顔を輝かせるカイコク。
不機嫌な様子は何処へやら、だ。
その可愛い表情に仕方がないなと千切ろうとした…ザクロの瞳に彼の顔が映りこむ。
え、と思った刹那、トーストが齧りとられる音がした。
「おお、意外に美味えな」
彼は本当に幸せそうに食べるな、とぼんやり思うが、考えるべきはそこではなくて。
「鬼ヶ崎!!!!」
 一瞬の間をおいてザクロの声が響いた。
「?なんでェ。食べて良いって言ったろう?」
「…確かにそう言ったが」
 不思議そうなカイコクにザクロは苦虫を噛み潰したような表情をする。
 何故分かっていないのだろうと頭を抱えるが当の本人はどこ吹く風で。
「お前さん、料理上手いんだな。これを簡単に作るなんて大したもんでェ」
「それは…どうも」
「ん。…ごっそさん、忍霧」
「ああ。…ではなくてだな!!」
 にこっと笑うカイコクに一瞬流されそうになって慌てて引き戻した。
「?違うのかい?」
「俺は!行儀が悪いと言っているんだ!」
 きょとりと目を瞬かせて可愛らしく小首を傾げるカイコクに声を荒らげる。
 それに目を丸くした彼は口元を押さえ、可笑しそうに肩を揺らした。
「…何がおかしい」
「いや?…ったく、真面目だねぇ」
 睨むザクロに花が綻ぶようにカイコクは笑う。
「トーストは齧るもんだろう?」
「そうだが、これは俺のだぞ?…鬼ヶ崎が食べる分はきちんと分けてやるから」
「…別にそんなことしなくても、俺の一口はそんなにでかくないと思うがねえ?」
 可愛らしく笑っていた彼が何かに思い当たったかのように悪い顔になった。
 嫌な予感がする、とザクロは身構える。
「ははぁん。お前さん、さては間接キスになると思ったんだろう。…このむっつりスケベ」
「なっ…?!違う!俺はただ…!!」
「お互い初めてでもあるめぇに」
 真っ赤になって否定したところでカイコクはただただ楽しそうに笑うだけだった。
「ま、お前さんはいつまで経ってもチェリーみたいだよな」
「…は?」
くすくすと笑った彼がとんでもない爆弾発言をし、ザクロは思わず固まった。
…今、なんと?
理解が追い付かず、思わずフリーズするザクロに、カイコクがほら、と何かを差し出してくる。
「…なんだ」
「松茸。お前さん、好きだろう?」
 …トーストのお礼のつもりだろうか、彼が差し出す箸の先にあるのは茶碗蒸しに入っていた松茸だ。
「?忍霧?」
 こてりと首を傾げるカイコクの…箸を持っている手首を掴む。
 そうして。
「んんぅ?!!」
 油断している彼を引き寄せてキスをした。
 驚いたように目を見開くカイコクの、薄く開いた口から舌を入れ、弱いところを擽る。
「んぅ、ふ…っぁ…」
 鼻にかかった甘い声に多少の嗜虐心も沸くもののあまりやると怒られるから彼の力が抜けた所で離れた。
 呆けている彼が落しそうになった松茸を手で受け止めそのまま口に放り込む。
 松茸独特の芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
「…お、お前さん…!」
「やはり松茸は美味いな」
 ようやっと戻ってきたらしいカイコクが真っ赤になりながらこちらを睨む。
 しれっとそう返せば「可愛くねぇ」と拗ねられてしまった。
「煽ったのは貴様だろう?」
「…。…俺は煽ったつもりはねぇぜ」
「どうだか」
 トーストを齧りながらザクロは睨む彼にそう返す。
「…ああ、そうだ、鬼ヶ崎」
「あ?なんでぇ」
 諦めて茶碗蒸しを食べ進めるカイコクにザクロはこともなげに言った。
「俺は出されたものは残さない主義なんだ」
「…?それが…?」
「熱いうちに食べてしまいたいんだが、構わないだろうか」
「?好きにしたらいいじゃねぇか」
 何を言っているんだ、と言わんばかりの彼の…腰を抱く。
「?!忍霧?!」
「…好きにして、良いんだったな」
「…え、あ」
 ザクロの思惑に気付いたらしいカイコクが待て!と声を荒げる。
「お前さん、今何時だと思って…!」
「前言を撤回するつもりか?」
 引き攣った表情の彼を無視し、トーストの最後を口に押し込んだ。
「美味しく『頂いて』やるから覚悟しろ…な、鬼ヶ崎?」
 ふに、とカイコクの唇に自身の指を押し当てる。
「…忍、ぎ…」
「…チェリーではない事を証明してやる。今日は離してやらないからな」
 
 童貞だなんて揶揄ったザクロに…とろとろにされ、カイコクが美味しく頂かれてしまうまで30分。


 …今日はまだまだ始まったばかり、だ。



マキノ
昼食(おにぎりと焼き芋/口端に付いたものを舌で取る、「期待した?」って聞いて2回目キス)
ぽてぽてと廊下を歩きながら、マキノはどうしよう、とぼんやり思った。
腕の中にはユズに貰った焼き芋の袋がある。
落ち葉を掃除し、丁度余っていた芋を焼いたから女子達で焼き芋パーティをするのだと言った彼女が「特別だ」と言って分けてくれたのだ。
まだお昼食べてないのになぁ、と思いつつ、食堂に行けば秘密がバレてしまうと悩みあぐねている内に自室が充てがわれているフロアに来てしまっていた。
「逢河?」
ふと、自分を呼ぶ声が聞こえてマキノは振り返る。
「…カイコッくん」
「何やってんでぇ」
可愛らしく傾げられた首がひょいとマキノの腕の中を覗き混んだ。
「…焼き芋?」
「…ユズちゃんに貰った…」
「…へぇ」
マキノの返答にカイコクが口角を上げる。
ちょっと待ってな、と言ってそのまま立ち去る彼に、再び、どうしよう、と立ちすくんだ。
待っていろ、と彼が言うならそんなに悪い事でもないのだろうけれど。
十数分後、「待たせた!」と上機嫌な様子でやってきたカイコクは手に何やら皿を持っていた。
「…おにぎり」
「おお。伊奈葉ちゃんに作ってもらったんでぇ。逢河、飯まだだろ」
ふわりと笑った彼が持っていたのは、梅とおかかのおにぎりと、鮭と高菜のおにぎりだ。
「…いいにおい」
温かいご飯の香りに少し笑みを零す。
「逢河、逢河っ」
 楽しそうに彼がちょいちょいと手招きした。
 疑問符を浮かべつつ着いて行けば自室へと案内される。
「…入って、いいの?」
「?入らねぇと食えねぇだろう?」
 首を傾げれば何を言っているんだと言わんばかりにカイコクがそう言った。
 …彼はプライベート空間に人を入れないとばかり思っていたから少し驚く。
「茶ァ淹れてくるから適当に座ってな」
「…あり、がと」
 奥の部屋に消えるカイコクに礼を言い、取り敢えずどうしようかと辺りを見渡した。
 今時珍しい和室の部屋で、落ち着くな、とマキノは思う。
 自室のようにベッドとフローリングの部屋よりもこちらの方が断然落ち着いた。
 畳とちゃぶ台と、それから格子窓。
 良くカイコクに似合っている部屋だな、とぼんやり思った。
「…なんでぇ、まだ突っ立ってたのかい?」
 黒曜石のような瞳を丸くした彼は、二人分のお茶を持ちながらくすくすと笑う。
 ちゃぶ台にお茶を置き、座布団を勧められた。
 そこに座れば、カイコクは唐突に窓を開け、何やら押し入れの方でごそごそと探り始める。
「おっ、やっぱり。あるもんだねェ」
「…?」
 何を抱えてきたのだろうかと見れば、小さな七輪と炭が抱えられていて。
「…っと。これに火を起こして、醤油を塗ったおにぎりを乗せて焼いて食うと美味いんだ」
「…焼きおにぎり」
「ご明察。…伊奈葉ちゃんに2つずつ握ってもらったから半分こにしねぇか」
 七輪で火を起こしながらカイコクが言う。
 年相応の無邪気さを見せる彼にマキノも笑んだ。
「…いいよ」
「ならまずは醤油だな」
 何だかいつもより楽しそうなカイコクにマキノは可愛いな、と思う。
 一応年上で、戦闘能力も仲間内ではトップクラスの男なのだけれど。
 普段は飄々としているがこういう可愛らしいところもあって、マキノは目を離せないのだ。
 パチパチと火の粉がはじける音がする。
「ん、まずは普通のやつ」
 渡されたおにぎりを受け取り、それを頬張った。
 口いっぱいに米の味と梅の酸っぱさ、醤油のきいたおかかの味が広がる。
「…美味しい」
「やっぱり流石だな。握り方が絶妙だ」
 にこにことカイコクがそれを頬張りながら言った。
「…モシカちゃん…」
「?誰でぇ、そりゃ」
 こてんと首を傾げる彼に、よもや飼い猫に似ているとは言えず、マキノは無言で二口目を口に入れる。
 食べ終わる事には焼きおにぎりも出来ていて、何だか至れり尽くせりだな、と思った。
 同じおにぎりの筈なのにとても香ばしいそれに、自然に笑みが零れる。
「…美味いか」
 嬉しそうに聞くカイコクにこくりと頷いた。
 ぱあ、と表情を輝かせる彼も、自分のおにぎりを頬張る。
 穏やかな時間が流れている、と…思った。
「…意外に腹いっぱいになるもんだな」
 はー…と満足そうに腹を擦るカイコクが、少し冷めたお茶を啜る。
 食事に合わせたと言っていたそれは昆布茶で、ほんの少ししょっぱかった。
 焼き芋が甘かったから丁度良かったのかもしれない、とマキノは思う。
「…」
 ふ、と目の前の彼の、口端に黄色いものが見えて、マキノは身を乗り出した。
「?逢河?どうし…。…?!!」
 きょとんとしたカイコクが驚いたように目を見開く。
 ぺろりと舌で舐め取り、自身の口の中に入れた。
 どうやら先程の芋だったようで微かな甘さが口に広がる。
「…んっ」
「…取れた、よ」
「…へ…?」
 鼻にかかった甘い声を出した彼にそう言って離れれば呆けたようにこちらを見つめた。
「…お芋、付いてた」
「っ!…普通に、取ってくれりゃあ…」
 短く告げれば顔を真っ赤にし、ふいと顔を背ける。
恥ずかしそうに口元に手をやるカイコクに、もしかして、と思った。
「…カイコッくん」
「…なんでェ」
 目線を逸らすわりに律儀に返事をしてくれる彼にマキノは嬉しくなる。
「…期待、した?」
「ん、なっ…?!!!」
 ばっ!!!!とこちらを振り向くカイコクの口に、今度こそ口付けた。
 ユズと下世話な話をするわりには意外と初心なところもある彼は、まるで秋の景色みたいだな、と思う。
 移り変わる表情に、言葉…感情、その全て。
 自分には持ち合わせていなくて、例え持っていたとしても、稀薄で、そも、自分には必要のないもので。
 代わりにカイコクが持っているからマキノはそれでいいと思った。
 可愛くて、美しくて、…そしてほんの少し危うくて。
 そういうところも愛おしい。
 この感情は彼が教えてくれたのだ。
 …愛は、ほわりと香る焼き芋のように、甘く暖かいものなのだと。
 ぎゅっとマキノの服を掴むカイコクの手をそっと撫でる。
「ふ、ぅ、んぅ…、ぁ…」
 とろりと熔けるカイコクの甘い声が、開け放った窓の外に消えた。




(ないしょ、ないしょ。

ないしょのはなしはあのねのね?


…彼のくれる時間がとびきり甘いものだというのは

マキノだけが知っている、ないしょのはなし)

アカツキ
夕食(天丼とエビフライ/エビフライをあーんしてもらおうと口を開けるカイさんにそのままキス)
さて今日の夕食は何にしようと、アカツキはうーんと悩んだ。
特に好き嫌いもない性分なものだからこの時間はいつも悩んでしまう。
 …と。
「あ、カイコクさん!」
「?入出?」
 席に着こうとしていた彼が、アカツキの声に止まり首を傾げた。
「カイコクさんも今からご飯ですか?」
「おお。…お前さん、駆堂はどうしたんでぇ」
 そう聞いた彼のトレーには天丼とみそ汁が乗っている。
 和食も良いな、と思いながらもアカツキは笑った。
「アンヤくんなら忍霧さんと決闘をすると言っていたからカリンさんに任せてきちゃいました」
「…大丈夫なのかい?それ」
「カリンさんなら、レフェリーをしてあげるわ、って張り切ってましたよ」
 複雑そうな表情の彼に言えば、「そういう意味じゃねぇんだが…」と小さく言う。
 何が違うのだろうと思いながらもアカツキは漸く決めた本日の夕飯を厨房に告げ、彼の隣に座った。
「カイコクさんは天丼なんですね!」
「まあな。…少し食うかい?」
「わああ、良いんですか?!」
 はい、と丼を差し出され、アカツキは素直に喜ぶ。
 和食か洋食か、悩んでいたところだ。
「では、遠慮なく」
「はいよ」
 自分用に、と取ってきた箸で丼からたれがかかった掬い取る。
途端、目を丸くする彼にアカツキもきょとんとした。
「?どうかしました?」
「…いや…。海老は、食わねぇんだな、と」
 心底からの言葉に、ああ、と笑う。
 存外この男は優しいのだ。
「カイコクさんの、一番のメインじゃないですかぁ。それに、俺はたれが染み染みのご飯、好きですよ」
「欲がないねェ、入出は」
 くすくすとカイコクが笑う。
 綺麗に箸を使い、半分に切った海老を持ち上げた。
「ほれ」
「あはは、すみません」
 差し出してくるそれに苦笑し、一旦自分の箸を置いてからアカツキは、口を開ける。
 優しい顔で差し出す彼の、海老を頬張った。
 口いっぱいに広がる、たれと甘い海老の味。
「おいひいれふ!」
「入出は幸せそうに食うねェ…」
 肩を揺らすカイコクに、彼がそれを言うのだろうか、とアカツキは思いつつにこにこと笑って見せる。
「俺、今日はミックスフライ定食にしたんですよ!!カイコクさんにもあげますね」
「そりゃあ有難ぇな」
 綺麗に笑う彼に、ちょっと待っててくださいと告げ、頼んだそれを取りに行った。
「お待たせしました!」
「おお」
 ひらりと手を振るカイコクの隣に再び座る。
「では、約束通り…」
「ん」
 丼の中に入れようとしたアカツキの目の前で、彼の口が小さく開いた。
 …入れてくれということだろうか。
口元まで持っていき、閉じようとした所でひょいと取り上げる。
「…?」
 不思議そうな表情でこちらを見る彼は可愛らしく、つい意地悪したくなった。
「…入出」
「あはは、すみません、つい」
 二度ほど続ければ、遂にぶすくれた表情で睨まれ、アカツキは苦笑いを浮かべて謝る。
「…ったく…」
 はあ、と小さく溜め息を吐く割、あ、と口を開ける彼に、信用されているんだなあ、と思った。
 流石に何度もやればその信用も失くしてしまう、と、エビフライを彼の口に入れる。
 漸く食べる事が出来たそれに、カイコクは満足そうに笑んだ。
「…エビフライもいいな」
「それは良かったです」
 食べるときの彼は心底幸せそうでアカツキも嬉しくなる。
 さて自分も食べようとエビフライを持ち上げたところで彼の口が再び開いていることに気付いた。
 どうやらおかわりを所望しているらしい。
 餌付けみたいだ、と思いつつ無防備に口を開く彼があまりにも可愛らしくて。
「んんぅ?!」
目の前の彼が目を見開く。
腕を引き寄せられ、唐突に口づけをされたら驚きもするだろうか、なんて他人事のように思った。
「…んぅ、ふ…ぁ…は…ん…」
 鼻にかかった甘い声でカイコクが小さく喘ぐ。
 もっと、か、離せ、か。
 今回に限っては後者だろうかとアカツキはそっと離れた。
「…っ、入出!!!」
「すみません、カイコクさんが可愛いもので、つい」
「…可愛いって、お前さんなぁ…」
 声を荒げるカイコクに悪びれる事なくそう言えば、彼はあからさまに呆れた表情を浮かべる。
 そんな彼の目の前で、先程食べかけたエビフライを振って見せた。
「…食べたいんですか、タルタルソースたぁっぷりの俺のエビフライ」
「…入出?」
「はい」
 にっこりとカイコクが笑う。
 目が笑っていないそれは、カイコクが怒っていることを示していて。
「…すみませんでした」
「謝るくれぇならやらないでくんねぇか?」
 小首を傾げ、カイコクが念を押すように言った。
美人が怒ると怖い…嫌と言うくらい知っている。
…主に、この彼が教えてくれた。
「分かりました、分かりましたから」
怒れるカイコクの、いつの間にやら空になった丼の中にそれを入れる。
「…俺は物には釣られねぇ」
「…それが牡蠣フライ、だとしても?」
「なにっ?!」
 ぷいっとそっぽを向いていた彼がすぐに戻った。
 表情がきらきらと輝いていて実に分かりやすい。
「…。…牡蠣フライだけじゃあな」
「…イカフライも付けますよ?」
 物には釣られない、と言った手前だろう、再び目を逸らそうとするカイコクににこりと笑った。
「…イカフライ…?」
「イカフライです」
 どうぞ、と彼の口の中に放り込む。
もぐもぐと咀嚼をする内、幸せそうに表情が蕩けていった。
 …カイコクを陶磁器のお人形さんだと誰が言ったのだろうか。
こんなにも分かりやすいのに。
「…今回だけ、な」
「はいっ」
 ごくん、とそれを飲み込み、牡蠣フライに箸を付けながら言う彼に、アカツキは元気に返事をした。
 存外に、今回だけ、が多いカイコクは、多分絆されやすいんだろうなあと頬杖を付く。
 言ったらまた不機嫌になるから言わないけれど。
「ところで、カイコクさん。俺、お腹がすきました」
「はあ?…今食べてたじゃねぇか」
 丁寧に手を合わせて食事を終えたカイコクにそう言えば、彼は眉間に皺を寄せた。
「俺ねぇ、メインをあんまり食べてないんですよ」
にこにこと笑うと、彼は真意に気付いたのだろう、嫌そうな顔をする。
「カイコクさん…食べましたよね?俺の牡蠣フライとイカフライ」
「…っ、そりゃあお前さんがくれるって…!」
「無償であげるなんて言ってないですよ、俺!」
 にっこりと笑うアカツキに、彼は「聞いてねェ」とぶすくれる。
「言ってませんから」
「…そういうのは卑怯っていうんだぜ、入出?」
 笑みを浮かべながらも何とか逃げようとする彼を引き寄せる。
 憶えておきますね、と笑顔で言い、アカツキは更にカイコクの笑みが引き攣るような事を言ってのけた。
 だって、夜は…今からが長いのだから。
 
「一応俺も男なんで。欲はありますよ?」

アンヤ
夜食(ギョーザピザ/口に咥えるカイさんのギョーザピザを食べ、不意にキス)
とある、真夜中。
「…腹、減った」
いつもの如く眠れなくなったアンヤは空腹感に身体を起こした。
満腹になれば眠れるかもしれないと、充てがわれた自分の部屋を出る。
ペタペタと廊下を歩き、少し考え食堂に入った。
何か飲むものでも…と思ったところで、人影に眉を顰める。
「…何やってんだ、鬼ヤロー」
「…。…駆堂じゃねぇか」
きょとんとした表情でこちらを見るのはカイコクだ。
「お前さんも腹が減ったってトコかい?」
「…まあな。オメーもか」
「おお」
小さく笑って頷く彼の手にはペットボトルがある。
水でも飲んで腹を満たそうという魂胆だろう。
あまりに侘しいそれに、アンヤは頭を掻いた。
「…あー…なんか作ってやろうか?」
「へ?」
カイコクはと言えば、予想外の言葉に目を丸くしていて、それが何となく腹が立った。
「んだよ、その面」
「…いや、お前さん…料理するんだな、と…」
「オレだって作れるわ!つーか、テメーよりマシ!」
びしっと指を差せば、はいはい、とカイコクが笑った。
こうやって笑う割に、彼は料理は不得意らしい。
何でも出来る癖に意外と隙のあるカイコクの、そういう所が可愛いと思うんだろうな、と他人事のように思った。
「何作ってくれるんだ?」
「…あー……。ギョーザピザ」
「…ぎょーざ……??」
期待した目のカイコクにそう答えれば彼は耳馴染みが無かったのか、きょとんとした顔をする。
「ギョーザの皮をピザ生地代わりにして…。…見た方が早ぇ」
説明をしようとして面倒くさくなり、アンヤは冷蔵庫を開けた。
目当てのギョーザの皮と、自分の分に、とウインナーやケチャップ、さけるチーズと缶詰のコーンを出したところで彼は肉より魚が好きだったと思い出す。
再び冷蔵庫を漁りだすアンヤが見つけたのは、ツナと、小ネギに味噌、マヨネーズ。
さけるチーズよりは粉チーズのほうが良いだろうかと考えていれば、ふと頭上からくすくすと可愛らしい笑いが降ってきた。
「…んだよ。笑ってんじゃねー…」
「…いや。お前さん、案外凝り性なんだな、と」
「はぁ?」
胡乱気に見上げるアンヤにそう言って笑うカイコクに、よくわからない、という表情を返す。
それに、何も、と笑った彼は「何か手伝うかい?」と小首を傾げた。
「いらねー。大人しく座ってろ」
「じゃあそうさせてもらうかね」
アンヤの言葉にカイコクは素直に椅子を持ってきた。
調理台のすぐ隣にそれを置き、ちょこんと腰掛ける。

鉄のトレーに片栗粉を振り、わずかに水で湿らせたギョーザの皮を並べた。
ウインナーを切って皮にケチャップを塗る。
コーン缶を開け、その上にチーズと共に乗せた。
「あ、っとは…」
自分用は終わったと、次の作業に取り掛かる。
 ツナ缶を開け、ボウルに味噌とマヨネーズを入れて混ぜた。
 切った小ネギも入れ、ほんの少しだけ醤油を垂らし、ギョーザの皮の上に乗せる。

 彼に見守られながらてきぱきと準備をし、後は焼くだけになった。
「っし、準備終わり」
「…これだけ、かい?」
「おう。こんだけあったら十分だろーが」
 不思議そうなカイコクにそう言ってやり、アンヤはフライパンに火をつける。
「手際がいいねぇ」
「あーまあな」
 感心したような彼の声に、曖昧に返事をしアンヤはそれをフライパンに並べた。
 洗い物を済ませている間に焼き上がったピザをいくつか皿に乗せる。
「ん」
「…」
 差し出しても困惑した様子で手を付けないカイコクに苛立ち、「口開けろ」と言った。
「…けど」
「いいから食え、ほら!」
 躊躇する彼の口に無理矢理押し込めば驚いた様に目を見開く。
 咀嚼を繰り返し、こくんと嚥下する頃にはカイコクの表情は別の驚きに変わっていた。
「…どうよ」
「…美味い…」
「だろ?」
 ぽつりと漏らした感想は彼の紛う事無き本音で、アンヤも思わずどや顔をしてしまう。
「駆堂、すげぇじゃねぇか!」
「いや、まあ大したことじゃねぇけど」
 素直に褒めてくれるのは良いがどうにもむず痒く、少し顔を逸らした。
「何処で覚えたんでぇ」
「あー…忘れた。…けど」
「けど?」
 言いよどむアンヤにカイコクが首を傾げる。
 まあ別に隠す話でもなしと口を開いた。
「…昔な、シン兄…オレの兄貴に初めて作ったのがこれなんだよ。美味しいっつってくれたから、作るのが上手くなったってだけ」
「…へえ?」
 カイコクがふわりと笑む。
 そう言えば彼も、兄と同じ大学1年生だっけと密かに思った。
 あまり似ていないと思ったが…こうやって褒めてくれるところと、優しい微笑みは少し似ているかもしれない。
「?駆堂?」
「なんもねぇよ」
 不思議そうに呼ぶカイコクに軽くそう言ってアンヤは自分用のそれを口に運んだ。
「…他の奴らには内緒にしとけよ。後がうるせぇから」
「へえ、秘密の共有、ってやつかい?」
「なんだそりゃ」
 楽しそうに笑う彼に思わず呆れた目を向ける。
「俺たちは共犯者ってとこだな」
 ふわふわと笑う彼は可愛らしく、「いいから黙って食え」と二枚目を口に押し込んでやった。
「…駆堂、こっちは食べねぇのかい?」
「あ?あー…」
 カイコクに言われ、そういえばツナの方は食べていないと気付く。
 目の前で揺れる、彼が食べているピザに齧り付いた。
「?!!!」
「…おお、うめーな」
意外と魚もいけるな、と咀嚼を繰り返したところで目の前のカイコクが呆けているのに気付く。
「何アホ面晒してんだ、オメー…は……」
そこまで言ってはたと止まった。
…そういえば口唇に柔らかいそれが当たった…ような。
「…っ、普段はもっとすげーことやってんだろーが!」
「…不意打ちは…訳が違ェ、だろう…」
 もごもごと彼が答える。
 普段の様子は何処へやら、だ。
「鬼ヤロー、こっち向け」
「…嫌でぇ」
「おい」
「…」
 呼んでもこちらをちらとも見ようとしないカイコクに、アンヤは苛立った。
 元々短気な性格でもある。
「鬼ヤロー」
「…しつこ…」
「…。…カイコク」
「?!!!」
 普段は呼んだこともない彼の名を呼べば、信じられない、といった風に勢い良くこちらを向いた。
「隙だらけだな、オメー」
「なっ…んんぅ?!」
 軽く笑い、真っ赤な顔をするカイコクにキスをする。
「…ふ、は…ぁ…。…っ、駆堂?!」
 声を荒げる彼に、ギラリとした目線を送った。
「言っとっけどな、オレだって一端の高校生なんだよ」
「…駆堂…あの、な…?」
 ひくっとカイコクの表情が引き攣る。
 だが止めてやるつもりは毛頭なかった。
「オレさあ、まだ腹減ってんだけど?」
「…ぅ、ぐ…っ…ん」
 アンヤの言葉に詰まる彼に、三度目のキスをする。
 片付けが大変だろうな、とぼんやり思いながらも、調理台に押し倒した。

夜が更ける。

…眠れないのもたまには良いな、と思った。




おまけの袋とじ
アキラ
間食(あかつきカルピスとシェルチョコレート、ボンボン・ア・ラ・リキュール/キスなし・アキラ様が手ずからチョコを食べさせ、カイさんの口内でチョコを潰して塗りたくる。汚れた指は舐めとらせる)

「あかつきカルピスですよ、カイコクさん!」
 にっこりと笑ってそれを差し出す。
 差し出された彼の方は苦笑いでそれを見つめていた。
「…いや、だからな…?」
「珍しくないですか?!期間限定なんです、是非カイコクさんに飲んでほしくて!」
「分かった、分かった」
勢い良く迫れば、カイコクはへにゃりと笑ってその白濁色が含まれたコップを受け取る。
「…匂いは…あんまり桃の感じはしないねぇ…」
 すん、と彼がコップの中身の匂いを嗅いだ。
「そういうものですよー」とニコニコ笑ってそれを見守る。
 自室にいるカイコクを訪ね、「お腹空いてません?間食しませんか?」と言い押し入っても特に追い返しもしなかったから彼は優しいんだろうな、と思った。
「…カイコクさん、お昼は食べたでしょう?晩ご飯はまだですよね。ならこの時間は間食タイムです!俺と一緒に間食、しましょう!」
そう言ってにっこりと笑えば「構わねぇけど?」と微笑む…意外と自分の危機管理にうっかりしている彼に小さく笑みを零す。
甘いのが苦手だからか躊躇していたらしいがようやっとコップに口を付けた彼の…背後に周り後頭部とコップの底を押さえつけた。
「んぐ?!!んぅ、ん、んーー!」
「ちゃんと飲まなきゃ…だろ?『カイコクさん』」
くすりと笑う。
 抵抗する彼の、肌に飲みきれないカルピスが零れた。
 呼吸が出来ない!と暴れていた彼の抵抗が弱まり、こくん、と徐々に嚥下し始める。
 飲まずに口の中に溜めておいて、吐き出すと言うのもありなのに、彼はどこまでも律儀だなあと思った。
 まあ吐き出させもしないのだけれど。
「…はあっ、はあ…は…」
「全部飲んだんですね、偉い偉い!」
 にこにこと笑って、頭を撫でようと手を伸ばす。
 それはぱしりと、カイコク本人によって弾かれた。
「…。…なんの、つもり…でぇ…」
荒い息を吐きながら、ギロリと彼が睨みつけてくる。「何って…飲ませてあげたんじゃないですか」
「ふざけるな!一歩間違えりゃ死んで…ぇ…?」
 声を荒げようとした彼の身体が、ぐらりと揺れた。
 それでも床に倒れ込まず、身体を支えたのは強靭的な精神力か、プライドかそれとも。
 …そんなもの失くしてしまえば苦しまずに済んだのに、と笑いながら無理矢理その肩を押す。
「っ!ぐ…」
「カイコクさん、強情ですよね」
 言いながら笑みを見せた。
 対するカイコクはぞっとしたようにこちらを見る。「まあ…そういうところが好きなんですけど。俺も『あいつ』も」
「…な、んの…は、なし…」
「…いえ、こっちの話です」
 とろりと熔けて堕ちそうになる漆黒の瞳に笑みを見せ、すっと手でそれを隠した。
暗闇に包まれた視界は、脳が夜を知らせ…否応なしに眠りに堕ちる。
 嫌だ、と呟かれた小さなそれに笑い、そっと囁いてやった。
「…おやすみ、『カイコクさん』。次に会うのは…地獄だ」
 ぼんやりと彼が目を開く。
 おはようございます、と告げれば、カイコクは警戒するようにこちらを睨んだ。
 まるで猫みたいだ、とぼんやり思う。
…まあ起きてすぐ身体が縛られていれば誰だって警戒はするだろうけれど。
「…お前さん、誰でぇ…」
「誰って…入出ですよ。入出アカツキ」
にこっと笑えば、カイコクは睨んだまま言葉を吐き出した。
「はっ…嘘だな」
「…嘘?」
 予想外のそれに首を傾げてみせる。
 わざとらしい、と眉間に皺が寄った。
「…入出は俺を縛ったりしねェ。あんな…あんな事しねェんだよ」
「…あんなこと、とは」
「とぼける気かい?…俺に、何を飲ませた」
ギリ、と睨みつける彼に軽く笑う。
「あかつきカルピスですよ、説明しましたよね?」
「その中に何が入っているかは説明されていないんだが?」
 綺麗な笑みを、カイコクは見せた。
 それが仲間内に見せるものとは全く違うものだということを知っていて、こちらも笑みを崩さない。
「ちょっとした睡眠薬ですよ。違法的なものは何も」
「勝手に人様に睡眠薬飲ませるのは合法だとでも?この偽者さんが」
挑発的に笑うカイコクに、思わず笑ってしまった。
「…それ、本当に『入出アカツキ』だと思いますか?」
「…は?」
「無害で誰にでも笑顔を振りまいて。それは本当に俺でしょうか。…こっちの」
 言いながらぐい、と彼の顎を持ち上げる。
 嫌そうに表情が歪められた。
「飲み物に睡眠薬を入れて眠らせ『カイコクさん』を縛りあげる、こちらが本物かも?」
「…」
「『カイコクさん』が今まで見ていたのは果たしてどちらでしょうね」
 くすりと笑って見せる。
「…ゲームを、しようか」
「…っ、ゲーム?」
 少し、ほんの少し口調を『戻し』カイコクに言った。
変わったのを敏感に感じ取ったのだろう彼が挑戦的な笑みを浮かべる。
 少しでも怯えた表情を見せないのは流石彼らしいな、と思った。
 …怯えてでも見せれば少しは結末も変わったかもしれないのに。
「で?そのゲームってぇのは?」
「ここに3つ、チョコレートを用意した。どれか好きなのを一つ選んで食べるだけ。簡単なゲームだろ?」
「…俺ァ、甘いのは苦手でな。やるなら他のゲームにしてくんねぇか」
互いににこりと笑い合う。
「…他の仲間がどうなっても?」
「…は?」
 その言葉に、彼が挑戦的な表情を崩した。
 絶望的なその表情たるや!
 ぞくりと快楽のようなものが走る。
「お前さん…まさか」
「…ああ、安心してよ。殺したりはしてない。…ただ眠っているだけ…今のところは、だけど」
助けを求めるようなそれに笑むと、カイコクはほっとした顔をした。
随分と今の仲間に入れ込んでいるのだな、と笑う。
「じゃあ改めてルールを」
 チョコレートを出してきて、彼に見せた。
「一つは普通のシェルチョコレート…中身はアプリコットのジャム。もう一つは、ボンボン・ア・ラ・リキュール…度数は高くないから安心しなよ。最後は…媚薬入りだ。さあ、『カイコクさんはどれを選びます』?」
「…っ!…あく、しゅみ」
悪態を吐くものの、言わないと終わらないと悟っているのだろう…なまじ頭が良いと大変だな、と他人事のように思った。
震える声が場所を示す。
告げられたその場所にあるチョコレートを取った。
「口、開けて」
そう言われて嫌そうながら彼が素直に、小さく口を開けたのは、ただただ仲間を守りたいからだ。
「ん、ぐぅ!!…ぅあ、…ん…」
 チョコレートを指ごと突っ込まれ、苦しそうに眉を顰めるも噛みついてこないのは…彼が一心に仲間を想っているから。
 自分が反抗すれば仲間が傷ついてしまうかもしれないから。
 だから自分がリスクを冒してまで守ろうとする。
 自分だってどうなるか分からないのに、可愛いなあと小さく笑った。
 それを知っていてわざと指で口内を犯す。
「んぅ、ふ…ァ、ん、ぅ…ぐ…!」
 上顎でチョコレートを潰し、ぶちゅりと飛び出た液体を口内に塗りたくった。
 …甘い物が苦手なのを知っているからこそ。
歯の裏、頬の内側、舌の先…その全てにチョコレートを染み込ませていく。
 飲みきれない唾液が口の端からだらだらと零れ落ちた。
「…ぁ…は、ぁ…っぅ…」
「汚れたんだけど」
 指を引き抜きにこりと笑う。
 差し出したそれに、カイコクはほんの少し躊躇した後舌を出した。
「んぅ、は…んく、ぁう…」
 甘いものが嫌いな筈の彼が、嫌そうに表情を歪めて指を舐めている。
 ちゅ、とリップ音が響き、もういいだろうと言わんばかりにカイコクがこちらを睨んだ。
 指が離れていく前に奥に突っ込み、上顎を擽る。
「っ!!ぅ、や…」
 カイコクがそこが弱いのを知っていてさんざ責め立ててから指を引き抜く。
 熱い息を吐き出してから、彼は普段通りの挑発的なそれを浮かべた。
「…チョコは食ったぜ。早くこれを解いてくんなァ」
その彼に、こちらも笑みを浮かべる。
「それ、媚薬だったらどうするつもり?…その溶けた躰で仲間の元に戻るんだ?」
綺麗な瞳を大きく見開く彼に手を伸ばした。
「効果が出るのは1時間後。…それまで俺ともお話ししてよ。『カイコクさん?』」
 にっこりと音が付きそうな笑顔を見せる。
 小さく悪態をつく彼の…頭を今度こそ撫でた。

この箱庭に閉じ込められた彼はどうなるのだろう。
 まるでシュレディンガーの猫みたいだな、と思った。
 自由気ままでプライドが高く、うっかりしている…黒い猫。
 彼の行く末は天国か地獄かはたまたそれとも。
それを知る、間食時間の終わりは…約一時間後、運命の秒針は今刻み始めた。

(黒猫の運命が決まっていたのは、さていつから?)

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