緩やかな理想郷への調べ/アカカイ

多分俺は、綺麗な夜空に星を描くのが好きだったんです
「カイコクさん」
真っ黒な部屋の中、俺の声にカイコクさんは胡乱げに反応した。
緩慢なそれに、にっこり笑いかける。
「お待たせしました!今日は鰆なんですよー」
「…入出」
「はい」
後ろ手に扉を閉めて、闇を作り出した。
外から入るは朧気で歪な月明かり。
コトン、とテーブルにお盆を置いて、俺は小さく首を傾げた。
「…お前さん、は…なんで…俺、を…」
「監禁しているか、ですか?」
ゆっくりと、小さな声で紡がれる言葉を引き継いで俺は質問する。
カイコクさんがこくりと頷いた。
思わずくすくすと、俺は笑う。
この生活を4日も送っておきながら何を今更!
「言ったじゃないですか!俺は、カイコクさんともっとお話ししてみたかったって!」
「…っ!」
バッ!とカイコクさんが俺を見た。
その顔にあるのは僅かな怒り。
…そんな感情を向けられても…困るんですけどね?
「許可を出したのはカイコクさんですよ?俺は無理矢理攫ったりはしていません。証拠にほら、こうやって食事も用意しているし、着替えもお風呂もあります。何より、部屋の中は自由があるでしょう?」
「…それは、そうだが」
「それに」
言い淀むカイコクさんに、俺は続けた。
「忍霧さんやアンヤくんの忠告を無視したのは君です」
「…っ!!!」
俺の言葉に、カイコクさんの瞳に絶望が映る。
そうだ、やめておけと言う言葉を振り切って、俺に付いてきたのはカイコクさんだ。
…俺の理想郷を生み出す最大要因を、自ら申し出たのは、彼の方。
「俺は、約束を守りますよ」
「…」
カイコクさんが俺を見上げる。
真っ黒な瞳に宿る、待雪草。
約束通り、外に出されたら…まだ戻ることが出来ると信じている、哀れな瞳に。
俺は軽いキスをした。
「…ぁ……」
「…だから、君も約束を守って下さいね…【カイ】」
囁く俺に呪いをかけられたカイコクさんは目を見開く。
俺が守る約束は、監禁は10日間…それまでは衣食睡眠全てを確保すること。
彼が守る約束は、そこから逃げず…俺が何をしても拒否したりしないこと。
何をしても、とは性的行為も含まれる。
初日、暴れに暴れて嫌がったカイコクさんにちょっと酷いことをしてしまった。
ガタガタと震えて俺まで拒否するから、俺は少しだけ呪いをかけたのだ。
…彼が自分を許せるように。
だってねぇ、俺は守らなくてはいけないんです。
彼も、俺も、この場所も。
非現実じみた、今あるこの現実を邪魔されないためには…何だって。
嫌だ、と小さく呟いて、カイコクさんはそれでも僅かに笑みを浮かべた。
この、たった数日に刷り込まれた防衛本能に俺は笑顔で合格を出す。
笑えば、大人しくすれば酷いことはされないという…愛されなかった幼子が最初に覚えるだろうそれ。
愛されたい子どもが見せる必死の行動に俺は笑った。
大丈夫、酷いことはしませんよ、と俺は言う。
…彼が一筋降らせた涙はどんな想いをしていたんでしょうか。
(それはカイコクさんしか分からない)
「【カイ】、今日もたくさん遊びましょう…ね?」
顎をすくい上げ、彼が奏でた悲鳴を閉じ込めるように、ああ、鰆が冷めてしまうなぁなんてどうだって良いことを思いながら深い深いキスを…した。



俺は多分、好きだったんです。
夜空みたいに美しい、絶望に塗れたカイコクさんの瞳に…星屑の如くきらきらした希望を描くのが。

(まあ、それを塗りつぶすのも俺なんですけど!)

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