Фの終幕にて**ましょう/アンカイ

「なぁ、踊ろうぜ」
オレのそれに、驚いた顔をする。
嗚呼、そんな顔もするんだなって、思った。

鬼ヤローこと、鬼ヶ崎カイコクにそう声をかけたのは、最近良いことがなかったからだ。
毎日同じことの繰り返し。
なら、ちったぁ何か変えてみりゃ世界は動くかもしんねぇじゃん?
「…ダンスホールでもねェのにかい?」
鬼ヤローが笑う。
その表情は読めなかった。
「最近じゃあ授業でも踊るし、フラッシュモブなんつーのもあんだぜ」
「お前さん、そんなのに興味ないだろうに…っと」
肩を揺らすそいつの手を引く。
「いんだよ。テメーとなら踊れる気がする」
「…祭壇の上で?」
「はっ、冒涜的なのは趣味じゃねぇってか?」
驚いた顔のそいつを祭壇の上に引っ張り上げた。
くるん、と廻る。
ホップステップもターンも、授業でやった気はするけど全然と言っていいほど覚えてなかった。
「…誘った割に下手だねェ?」
「るっせぇな。そーいうのも嫌いじゃねぇくせに」
「…違いない」
くすくすと、鬼ヤローは目を伏せながら笑う。
ああ、なんでこいつは悲しい顔で笑うんだろーな?
苛つく。
クソほど腹が立つ。
「駆堂?」
鬼ヤローが首を傾げた。
さらり、と黒髪が揺れる。
何もねぇよ、と返してまた回った。
綺麗な目がオレを写す。
「…んだよ」
「いや?なんつーか…似た者同士なんだなぁ、と」
「は?誰と誰が?」
ふわふわと鬼ヤローが笑った。
眉を顰めたオレに言われた名前はオレが顔を見るのも嫌な相手。
「お前さん、随分忍霧を毛嫌いしてるねェ」
「毛嫌いっつか、苦手なんだよ。あーいう、理屈っぽいっつの?まあ理由もねぇんだけど」
「まあ、理屈っぽいってのはあるわな」
楽しそうに笑う鬼ヤローの腰を抱いてオレはまた周る。
鬼ヤローの、着物の袖がふわりと揺れた。
まるで、綺麗なもののように。
「…なぁ、もう一回聞くが…なんでダンスなんでェ」
いつか聞かれたそれを鬼ヤローは繰り返す。
なんで?
そんなの、オレが知りてぇよ。
理由なんざ、探したって見つかりやしないっつうのに。
「駆堂!」
いつの間にか祭壇から降りていた鬼ヤローが階段を登って手招きをしていた。
「こっち!景色が綺麗だ!」
珍しく無邪気に笑うから、オレも何も考えずにそっちに近づく。
高いビルの屋上、真下に見えるのは……。
「…っ!!」
思わず叫び声を上げそうになって後退った。
だって、あれは…。
地面を這うのは…人の……。
「…きっと、何一つ変わらない」
鬼ヤローが笑う。
壊れた目で、嗤う。
…壊したのは、オレだ。
ハジマリは、兄が…ケン兄とシン兄が【ダンス】を踊っていた事。
小さい頃に見たそれは恐怖とか耽美とかぐるぐるとした感情をきゅっと纏めて単純化し、出てきたものは「良いな」だった。
ケン兄みたいに、誰かと踊ってみたい。
シン兄みたいに、美しく踊らせてみたい。
その思いはオレの中で膨らんで…今に至った。
キレイでも何でもねぇそれは、世界の終わりを呼ぶ。
「…踊ろうぜ、鬼ヤロー」
手を差し出して、ハイライトを失くした鬼ヤローを呼んだ。
思えば最初はもっと戸惑ってた気がする。
くるり、くるりと廻って回って周って。
オレの身体が宙に放り出された。
鬼ヤローがドアの所で微笑むのが見える。
…見えるはずもないのに。
さよなら、お元気で…なんてガラにもねぇこと呟いてみたりして。
世界は終わる。
オレたちの関係も。
(…あ、そうか)
終焉間近、オレは…思い出した。
オレがマスク野郎を毛嫌いした訳。
…オレが、持ってないものを、あの野郎が持ってたからだ。
それも、もうどうだって良いけどな。

だって、世界は…終わるんだからよ!

(祭壇の上には【彼】の躰が静かに横たわり、外の地面には這う人々で溢れた)

(それでも世界は…幸せだったのだ、彼等にとっては)

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