無口少年と秘密基地/マキカイ

小さな頃、公園の隅にダンボールの家があった。
子どもの字で書かれた【秘密基地】の文字に、僕は。
単純に良いな、と…思ったんだ。


「…カイコッくん」
「?…逢河じゃねぇか」
廊下を歩いていたカイコッくんを呼び止めるとふわりと振り向いて笑いかけてくれた。
「随分と大荷物だが…引っ越しかい?」
無邪気に笑うカイコッくんに僕はふるふると首を振る。
「…アンヤくんと…アカツキくん、秘密基地作るって…」
「なんでぇ、そりゃ」
僕のそれに、ふは、と吹き出してカイコッくんは僕の手から荷物を半分ほど取り上げた。
「…?」
「手伝うぜ」
何てことないように僕を手伝ってくれるカイコッくんに、僕は優しい人だなぁとぼんやり思う。
「…あり、がとう」
「おぅ。しかし、逢河もそんなのに興味あんだねぇ」
くすくすとカイコッくんが笑った。
お面の紐が同じように揺れる。
「…やったこと、ないから」
「あー、まあなぁ。じじいの押し入れに隠れて秘密基地ーみたいなのはやったことあるが…一から作るのは俺も、ねぇな」
短い僕のそれにカイコッくんがそう言った。
「…一緒に、作る?」
「…んー?」
「秘密基地。一緒に」
その言葉にカイコッくんは、そうさなぁ、と笑う。
…子どもみたいだと一蹴してくれたら、良かったのに。
「逢河となら、楽しいかもな」
無邪気に、そう笑うから。
僕は抑えられなくなる。
秘密基地への…想いを。
ねぇ、僕にもう一度あの秘密基地を見せてよ。
不格好で、触っただけで壊れてしまいそうで、でも…輝いて見えた。
羨ましかった。
僕には僕の世界しかなかったから。
耳を押さえて、暗い世界に引きこもる僕とは違う。
このタワーの中はまるで秘密基地みたいな世界。
僕はセカイが優しいだけのものではないと知っている。
だから、優しい秘密基地が…欲しかったんだ。
「僕の…セカイの住人になって」
「…あい、かわ?」
ぐらりとカイコッくんの身体が揺れる。
バラバラと端材が落ちた。
意識の失ったカイコッくんを抱き上げる。
端材は、後で届けようと僕の部屋に向かった。
僕の目を見て、笑ってくれた…カイコッくん。
…僕は、カイコッくんが好き。
真っ直ぐな笑顔で僕を待っててくれるから。
僕の話を否定しないでくれるから。
秘密基地を撤去してしまう、悪い大人になんてなってほしくないんだ。
だってここはとても居心地が良い。
夢の中より、ずっと。
僕はここを護りたい。
カイコッくんが笑顔で居られるこの場所を。


さようなら、僕の見た酷い【あくむ】。
此処(げんじつ)は僕が思う世界(コスモロジー)と違う。
僕は、僕が好きな人と秘密基地を作るよ。
…僕だけの、優しい世界を。

僕は笑みを向ける。
僕の腕の中、陶磁器のお人形みたいに眠るカイコッくんに。
(それは、【大人】が聞けば残酷な死刑宣告)
「秘密基地、作ろうね」

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