シュレディンガーの行方(アキカイ)

俺の名前は【入出アカツキ】。
可もなく不可もない高校1年生。
みんなに優しくて、誰に対しても笑顔で。
怒りなんて、なくて。
完璧という名の【欠陥品】。
「…入出?」
柔らかく呼ばれるそれに振り返る。
そこにいたのは。
「…カイコクさん」
不思議そうな顔でこちらを見つめる鬼ヶ崎カイコクさん、だった。
いつものように笑顔を作る。
どうしたんですか、なんて言葉を吐いて。
「…んや、何でもねぇよ」
カイコクさんが微笑む。
俺の目を見て。
…嘘の笑みを、浮かべた。
嗚呼、まるで何時ぞやに見た炎のようだな、と思う。
そこがカイコクさんらしいのだけれど。
ゆらゆら揺れる焔は一辺倒赤だけではなく、様々に色を変えていく。
それは花の色より多いほどだ。
実験によっては同じに見えるその反応も実は全く違っていて、とっても似てる。
「ねぇ、カイコクさん」
「ん?なんでぇ」
ふわりと首を傾げるカイコクさんに、俺は口を開いた。
「…それ、疲れません?」
「…は?」
「作り笑い、っていうんでしょうか。カイコクさん、本当の笑みをまだ見せてくれませんよね」
にこ、と笑うとカイコクさんは目を僅かに見開く。
けれどそれは一瞬で。
「…何の事だか」
綺麗な笑みをカイコクさんは浮かべた。
けれど俺は知っている。
カイコクさんが、俗に言う【お坊ちゃん】で、いつも周りの大人に笑みを浮かべていなければいけなかった事を。
「お前さんだって、似たようなものだろう?」
カイコクさんが、笑う。
「…良く、わからないです」
だから、俺も笑い返した。
周りから見れば、穏やかに見えるんであろうそれを。
俺は…【入出アカツキ】は、感情が欠落している。
…いや、違うな。
理解できない。
そうやって、【俺】が作り出したんだ。
カイコクさんは、唯一面と向かって俺に「苦手だ」と言ってくれた人だった。
俺を全肯定する人達とは違う。
…【入出アカツキ】を怪しんで、絆されまいと足掻いてくれた人。
俺はそんなカイコクさんが、大好きだ。
とても、理想的な…『   』。
「ねぇ、カイコクさん」
(「なぁ、カイコクさん」)
猫みたいに警戒心の強い人だから?
自分が嘘ばかり吐いていたから?
ああ、何故【入出アカツキ】は手を伸ばしてはいけないと気付いてしまったんだろうな!
カイコクさんは【俺】には気付いていない。
でも【入出アカツキ】を信用してはならないとは気づいた。
ここまでわかってる。
あともう少しなんだ。
その、執着点は…一体何処?
「いっ?!!」
カイコクさんがびくりと手を引っ込める。
俺が無理矢理取ったカイコクさんの指を囓ったからだ。
(その歯は少し痛かった)
「いきなり何すんでぇ!」
「あはは、すみません。いい匂いがしたもので」
「はぁ?」
俺の言葉に眉を顰めたカイコクさんがすん、と己の匂いを嗅ぐ。
「…そんな、良い匂いはしねぇけど…?」
「しますよー。薔薇みたいな匂いがします」
抱き着いて見れば「近ぇ」と苦笑されてしまった。
(あぁ、なんてとても痛い!)
「そんなこと言われても俺ァ喜ばねぇぜ?そういうのは嬢ちゃん方に言ってやんな」
「えー、カイコクさん、喜んでくれないんですか?」
「寧ろなんで喜ぶと思った…?」
きょとんとするカイコクさんから笑顔を浮かべて離れる。
「カイコクさん、薔薇似合いそうなんですもんー」なんて、言いながら。
「そういえば、ホラーゲームで薔薇が命なゲームありましたね」
「そういやぁあったな」
「カイコクさんは…白か黒か…やっぱり赤ですかねぇ……」
「おいおい、勝手に人の命を薔薇にしないでくんなぁ」
カイコクさんが笑う声を聞きながら、俺、は目を閉じる。
何故だか流れないはずの涙が出ている気がして、それを拭った。
今日の実験は、終わりだ。
またね、俺の愛しい素材(カイコク)さん。



…俺の名前は【☓☓アキラ】。
人は俺を、サイエンティストと…そう、呼んだ。

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