ゆるゆる監禁アカカイ

「…ぅ……」
「あ、おはようございます、カイコクさん!」
ぼんやりとカイコクさんの目が開く。
それに俺は笑いかけて手を差し伸べた。
「昨日はすみません、無理をさせてしまって」
「…ぁ、あぁ……かまわ、ねぇ…けど…」
ゆっくりと起き上がらせていつものように身支度を整える。
腫れた目、枯れた声、白い肌にくっきりと付いた縄と散らばる情事の跡。
…体を動かすのも話すのも辛いだろうにカイコクさんは俺に応えようとした。
だから。
「今日は、ゆっくりしてください」
「…ぇ…?」
ことん、と朝食を机に置いて俺は笑む。
「昨日いじめ過ぎちゃいましたから。バイブも、紐も全て外してありますよ」
「…そ、うかい…」
俺の言葉にカイコクさんもどこかホッとしたように笑った。
「今日はお粥としらすの酢漬けです。朝はとりあえずさらっと」
「…ありがと…な…」
「いえいえ!」
柔らかく笑むカイコクさんに俺も軽く言う。
朝食後も俺は甲斐甲斐しく世話をした。
マッサージをすると体を触った時は流石にびくついたけど、何もされないと分かるとカイコクさんは体を弛緩させ、俺に身を委ねる。
ここで俺が【カイ】と呼ぶのは簡単だ。
でも、それじゃあダメなんですよね。
「気持ち良いですかー?カイコクさん」
「ん、ぅ…」
際どいところを揉みながら、決してその名は告げない。
黒飴のように熔けた瞳は何かを期待していた。
「昼食に、しましょうか。何食べたいですか?」
「…。…おにぎり」
「…またですか?カイコクさん、昨日も食べましたよ?」
あはは、と笑いながら俺は部屋から出る。
昨日、が恋しくなっているカイコクさんに。
俺は一ミリも与えてやらなかった。
昼食を済ませ、他愛もない話をし、将棋をして…夕食を取るまでずっと。
「…そろそろ風呂に入るかねぇ」
緩慢にそう言ったカイコクさんに、俺は手伝いますよ、と告げる。
「…そんじゃ、頼むとすっかね」
「はい!」
以前までなら、風呂は一人で入ると笑っていたあのカイコクさんが!と俺は嬉しくなった。
枷を外し、服を脱がせる。
「…お前さんは?」
「へっ?」
袖と裾を捲った状態で一緒に入ろうとする俺に、カイコクさんは不思議そうに首を傾げた。
「いいんですか、ご一緒して」
「…。…手伝うんじゃなかったのかい」
ふわりと笑む彼の、無言の肯定に俺は礼を言って服を脱ぐ。
ちょこんと木の桶に座って待っているカイコクさんに「おまたせしました」と告げて背後に立った。
「髪、洗っていきますね」
「おぅ」
背後に人がいるのなんて嫌だろうに、と思いながら俺は指どおりの良い髪を洗っていく。
「カイコクさん、髪サラサラですよねー。羨ましいですよ」
「そう…かい?」
他愛もない話をしながら髪を洗って、それから体を洗って。
際どいところに手を滑らせながら丁寧に丁寧に洗っていった。
困惑と情欲を瞳に塗りこんだカイコクさんを促す。
「駄目ですよー、カイコクさん。ちゃんと肩まで浸からないと」
「…っ、わ、かった」
入れ墨をするりと撫でるだけでカイコクさんの体が跳ねた。
その訳を知っていて、俺は「露天風呂も良いですけど、部屋のお風呂も悪くないですよね!」と笑う。
まだ、後もう少し。
風呂から上がって、ふかふかのタオルでカイコクさんの体を拭いて、髪を乾かしながら俺は小さく溜息を吐いてみせた。
「はーぁ、明日で終わりですねぇ」
「…そう、だな」
「なんだか寂しいですよ。俺、カイコクさんともっとこうしていたいです」
「…俺、は……」
目線を彷徨わせるカイコクさんに、俺は笑う。
「カイコクさんの自由をこれ以上奪うわけにはいきませんから!ありがとうございます、カイコクさん」
にこにこと笑いかけると彼は微妙な顔をした。
「…。…なあ、入出?」
「何ですかー?」
「その…。…今日は、名前で呼ばねぇんだな」
ドライヤーの音に混じる小さな声に、俺はわざとらしくきょとんとした。
「呼んでませんっけ?…カイコクさん」
「いや、あの」
「分かった、ノスタルジックなんですね?!カイコクさんも!甘えたさんって、俺好きですよ!」
背後から抱きしめながら好きを吐く。
呪いの名、【カイ】とは呼ばないのに。
ギリギリまで体に触れて好きだけを与え続けた。
「では、俺は行きますね」
「…ぇ…」
立ち上がる俺に彼はびっくりしたように見上げる。
「?どうかしました?」
「…い、や…何でも…ねぇ……」
「そうですか。…ではおやすみなさい、カイコクさん。…良い夢を」
視線を落としたカイコクさんの頭を撫でて俺は笑みを見せた。
扉を閉めて、部屋に戻る。
元々愛を知らない猫は自由気ままに生きることが出来た。
でも、愛を知ってしまったら?
与えられる愛が心地良いと気付いたら…猫はどうなるんだろう。
「緩慢な…自殺」
いつか聞いた言葉を思い出して俺は笑みを浮かべた。
…暁は、もうすぐ。


「…え?」
次の日の朝、朝食を持っていった俺にカイコクさんがとんでもない事を告げた。
「外に、出たくない…ですか」
「あぁ」
お茶を飲みながら彼は言う。
「いよいよ最終日ですよー」なんて笑う俺にカイコクさんは「俺もあんまり外へは出たくねぇなぁ」と零したのだ。
「なんで、また」
「中が楽だって…気付いたからな」
「…。あんなに出たがってた外なのに?」
俺が聞くとカイコクさんはこくりと頷いた。
…あと、もう少し。
「…いいんですか?扉、開いてますよ」
「…。…出、たく、…ねぇ…」
抱き締めると小さな声で俺に縋るカイコクさん。
「…やっぱりダメです。約束は約束ですから」
「…っ、い、りで」
「立って下さい、カイコクさん。皆が待ってます」
身体を離して、嫌だ、と見上げるカイコクさんを立ち上がらせて俺は扉の前に連れて行く。
さあ、と促してドアノブを捻った。
「…鬼ヶ崎!」
ガチャリ、と音を立てて開いた途端、忍霧さんのホッとした声が飛び込む。
「…おぉ、元気そうだな、鬼ヤロー」
「…。…お陰さんでな」
アンヤくんのぶっきらぼうなそれにカイコクさんは無理矢理笑みを作った。
「なんでぇ、心配して来てくれたのかい?」
くすくすと笑う彼はいつも通りに見える。
…多分、二人は気付かないでしょうね。
カイコクさんはとっくに歪んでしまった事に。
「いや、まあ…入出のことは信用しているが、監禁、というからだな…」
「…。…アカツキ、意外と危ういからよ。鬼ヤローでも敵わねぇんじゃねぇかと思ってな」
ゴニョゴニョと言い訳する忍霧さんに対し、アンヤくんがズバッと言う。
いやぁ、流石はマブダチ。
よく俺のことご存知で。
「…。…そりゃあどうも。監禁というよりは軟禁に近い感じかねぇ。食事は日に三回出るし、布団や風呂の質も良い。朝早くに起こされることもねぇし…体が鈍るくらいで、困ることもねぇ。こんな監禁ならいつでも歓迎するぜ」
にこっとカイコクさんが笑う。
心配して損した、と言うアンヤくんと、悪かったな朝早くに起こして、と少し不機嫌になる忍霧さん。
いつもの光景だ。
…いつもの。
こうして、俺とカイコクさんの10日間に及ぶ監禁生活は終わりを告げた。


その日の夜。
俺はもう一度部屋の前に来ていた。
だって、きっと…彼は。
「…遅え」
きい、と開けた扉の先に、カイコクさんは…いた。
布団の上に寝そべって、手首には手枷をかけて。
「…。…忍霧さんが心配しますよ?カイコクさん」
くす、と笑って俺は扉を閉める。
「別に。…朝までに戻りゃ済む話だろう?」
柔らかく微笑んだ彼は、なぁ、と言った。
「…なんですか?」
「…。あの名前で、呼ばないのかい?」
「あの名前…はて、何でしたかね」
「…っ!」
笑いながら近づいて、側に座る。
「…【カイ】って…その」
「カイコクさんはカイコクさんじゃないですか」
髪を撫でて頬を撫でて、俺は彼の顎をすくい上げ小さく笑った。
「…ちげぇ!……その」
「何が違うんですか?カイコクさん」
もう片方の手で入れ墨を、胸を触る。
ぁ、と小さな声を上げる彼が俺の服を掴んだ。
震える彼に、もしかして、と口を耳に寄せる。
「…抱いて、欲しいんですか?」
囁く俺に顔を真っ赤にしてカイコクさんがこくん、と頷いた。
「きちんと言葉で言って下さい」
「…い、りで……。…あの……抱いて、くんなぁ…?」
くい、と俺の服を引いてカイコクさんが言う。
「いいですよ、カイコクさん」
抱きしめながら笑う俺に、彼は首を振った。
「意地悪、しねぇで…っ!」
「…【カイ】」
「…~~~っ?!!…ぁ……」
囁いた途端、彼は声なき悲鳴を上げて甘く甘く身体を蕩けさせる。
自身の体を抱きしめて、俺を見上げるカイコクさん。
嗚呼、すごく…可愛らしいですね!!
俺は欲しかったものを手に入れて、とても良い気分だった。
忍霧さんやアンヤくんを振り切って俺におぼれた、俺の可愛らしいカイコクさん。
大丈夫、ずっと側にいてあげますからね?
「【カイ】、とても良い子で待てましたね。偉いです」
するすると着物を脱がしながら、カイコクさんの耳をはみ、お望み通りに囁く。
「たくさん、愛してあげますね…【カイ】」
「…ぃ、りで……」
とろとろになったカイコクさんが俺を見て笑った。
暁は、この部屋に二度と訪れない。
気まぐれに迷い込んだ愚かな猫は…深い闇の中へと消えていった。

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