Fioritura(Fiorituren another)

くにちょぎは髪鱗病の国広と足鱗病の長義、かなあと思います(感情を鱗として落とす病気)
常に頭を隠すから「灰かぶり」って呼ばれるまんばと足が見えないから「人魚姫」って呼ばれるちょぎ。
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「…馬鹿みたいだよね」
 パタン、と分厚い書物を閉じる。
 どうした?と聞く彼の声に何でもないよ、と笑って見せた。
 彼、長谷部国重はこう見えて心配性だ。
 光忠が抱えている想いなんて気付いてしまったら、一緒に持とうとするだろう。
 …そんなのは御免だ。
 ただでさえ彼は【光忠の所為】で…花吐病になってしまったのだから。
 国重は知らない。
 光忠は随分前から奇病を発症していたのだと。
 国重は気付いていない。
 光忠がいたから国重は病を発症したのだと。
 …国重は…。
 ふうと一つ息を吐く。
 鈍感な彼でも気が付いてしまうかもしれないな、と光忠は小さく笑んだ。
「おっはよー!長船さん!」
「こーら、清光。行儀悪いよ。…おはようございます」
 元気よく入ってきたのは同じ奇病…記憶を宝石として涙と共に流す、所謂涙宝病の加州清光、その後ろから入ってきたのは、指の先から感情を宝石として
落とす、所謂指宝病の大和守安定だ。
「お前ら、俺には何もなしか」
 国重が小言を言い、二人がそれに反論して、光忠がくすくすと笑う…いつもの光景である。
「そういえばさあ、長船さんなんか元気ない?どうしたの??」
「…え?」
 清光が何でもない顔で聞いてきた。
 よく見ているなあと光忠は頭を掻く。
 何でもないよ、と取り繕っても彼は納得しない筈だ。
「んーそうだな。強いて言えば」
 光忠は笑う。
 綺麗な顔で。
 綺麗に見える顔で。
 …これは、光忠が生涯隠した、真実のお話。
「きみがわるい、夢を見たよ」

今から数年…いや、もっと前。
光忠がまだ【長船】の末息子であった頃。
「…今日も兄様たちは忙しそうだな」
 ふう、と光忠は息を吐く。
 光忠の兄は皆研究職についていた。
 なので、いつも忙しくしており、あまり顔を見た事すらなかったのである。
「…光」
「あ、ひろくん!!」
 聞こえた声に、光忠はぱあ!と顔を輝かせた。
 そこにいたのは相州廣光、歳は離れているが光忠とよく遊んでくれる、近所のお兄さん、だ。
 彼の従弟である貞宗が連れてきてくれて、仲良くなった。
 今では貞宗が来ることが出来ない日も何かしらの用事を作っては会いに来てくれる。
 光忠にとっては顔も見たことのない兄たちよりもよっぽど兄らしい存在だ。
「今日も暇しているのか」
「…ふふ、僕が大人しくしていれば兄様たちの仕事がはかどるからね。これでいいんだ」
 あっさりと言えば彼の方も、そうか、と微笑を浮かべ、何かを投げて寄越した。
わわっ!と慌てながら受け取ったそれはマフラーで。
「…今日は冷えるぞ」
「…もー、巻いてくれたって良いのに」
短い一言に光忠はふは、と笑う。
さり気ない優しさに、好きを勘違いしてしまいそうになった。
…それはないと、分かっているのだけれど。
「巻いてほしいのか?」
「そう言ったら巻いてくれる?」
質問を質問で返す光忠に、廣光は息を吐く。
静かに近付き…投げたマフラーを取り上げて巻いてくれた。
その行動にぽかんとしていれば廣光がほんの少し悪い顔を浮かべる。
「病弱、なんだろう…光は」
いつか光忠自身が言ったそれを廣光が繰り返した。
自己紹介をした日に「僕は病弱だからね!」と自慢げに言ったのをどうも覚えているらしい。
事実ではあるが…恥ずかしいからあまり言わないでほしいのだけれども。
「あっ、ひろくんってば馬鹿にしてるでしょう?!」
「まさか」
 もう!と怒れる光忠に、廣光が小さく笑みを浮かべる。
 それだけで許してしまえるから、ずるいなあと思った。
 それと同時に好きだなあと頬を緩める。
 初恋だったのだ。
 光忠はついぞ知らなかったけれど。
「病気だからとて無制限に甘やかすわけじゃない。…だが、甘えたい時もあるだろうからな」
「…ひろくん…」
「今日は特別だ」
 小さく笑う彼に胸が高鳴る。
 うん!と元気よく頷く光忠に、また彼は笑んだ。

 



















紹介しよう、と連れて来られたのは二人の少年だった。
「長船の直系に当たる、山姥切が本家、ご嫡男の長義と分家の国広だ。光忠と歳も近い。仲良くしなさい」
「…はい、生駒兄様」
 久しぶりに見た兄にそう返す。
 そうしてすいとそちらを見た。
 目の前にいるのは、車椅子に乗った銀髪の少年と、フードで金髪を隠した少年である。
「えっと、初めまして?」
へにゃりと光忠は笑みを浮かべて手を差し出した。
銀髪の彼がその手を差し出そうとする。
…が。
「…え?」
「うわっ!…こら、国広?!」
ぐい、とその腕が引かれ、光忠の前から消えた。
代わりに少し怒った声と鋭い目つきが寄越される。
もっとも、怒った声は光忠に対してではなかったようだが。
「…俺は、アンタを認めない」
「…え?」
「…失礼する」
フードを被った少年はそれだけ言うと足早に去っていった。
銀髪の少年も何も言えなかったようで。
二人でぽかんと見送ってしまい、思わず顔を見合わせる。
「…ええと、嫌われている、のかな?」
「あいつに限ってそれはないと思うけれど…。まあ、分家だから色々あったんじゃないかな」
首を傾ける光忠に銀髪の彼が髪を揺らし、改めて
手を差し出してきた。
「長船が直系、本家山姥切の長義という。…宜しく、光忠さん」
「…長船、末の光忠です。病弱だからあまり遊べないかもしれないけれど。宜しくね、長義くん」
 流石に自慢はせず曖昧に笑むと彼も微笑んでくれる。
 どうやら長義の方は友好的であるようだ。
「…気を悪くしたら申し訳ないんだけど」
「?なにかな」
「…君は、足が悪いの?」
 優しく微笑む長義に光忠はおずおずと聞く。
 車椅子と言うのは当時としては珍しかったのだ。
 親たちもこぞって隠そうとする。
 …だが。
「ああ。俺は奇病なんだ。…ほら、足の皮膚だけが鱗みたいだろう?自分の記憶を鱗として落とす病気みたいでね。足鱗病、なんて呼ばれているよ」
 こともなげに彼が言う。
 奇病。
 最近になって流行り出した…不治の病。
 原因は全く分からない。
 ウイルス性のものであるとか…魔女の呪いだとか。
 くだらないと思うが世間は不安だったのだ。
 特効薬もない、いつ死ぬかもわからない。
 発症していないだけで病魔に侵されているのかもしれない。
 人々は皆疑心暗鬼であったのだ。
 だが、光忠はそんなことどうでも良かった。
 長義が隠さずに教えてくれてホッとする。
「ああ、だから足元が見えない服を着ているんだね?」
「そういうこと」
 にこっと笑って見せた長義が首を傾げた。
 不思議そうな彼に、なあに、と聞けば今度は長義が聞きづらそうに口を開く。
「…怖く、ないの?」
「誰が?誰を?」
「君が俺を、さ」
 長義のそれに光忠は微笑んだ。
 奇病と言うだけで恐れ、去って行こうとする人はいる。
 それなりに地位の高い彼らでもそれを経験してきたのだろう。
 急に教父の対象とされる辛さを光忠は知っていた。
 …だから。
「まさか。言ったじゃないか、僕は病弱だって」
ふふ、と光忠が笑う。
「…僕も、奇病だから」

「…昨日はすまなかった」
 後ろを振り向くと申し訳なさそうな表情で、昨日のフードの少年が立っていた。
 確か国広と呼ばれていた彼にぶんぶんと首を振る。
「気にしないで。誰にでも事情はあるし」
「アンタも奇病だと聞いた。…自分ばかりと思ってしまった。すまない」 
「…もう、良いんだよ」
 頭を下げる彼に光忠はそう言った。
 随分律儀だなあと笑う。
「…。…長義に叱られた」
「長義くんに?」
「ああ。…厳しいんだ、長義は」
 驚くと彼は初めて笑みを見せた。
 優しく笑う子だな、とぼんやり思う。
「僕こそ、ごめん」
「アンタは悪くないだろう。何故謝る?」
「…不快な思いをさせてしまった」
 しゅんとする光忠に国広は目を丸くした。
 そうして。
「変わっているな、アンタは」
「へ?」
「俺が勝手に不快な思いになっただけだ。現に長義は何も気にしていなかった。それが答えだろう」
「…そうだけど」
 むう、と膨れ面を晒せば、国広は小さく笑う。
 まあ彼が笑ったのだからいいか、と思った。
 他愛のない話をした後、ふと光忠は首を傾げる。
「君はどんな病気なの?」
「…これだ」
 少し考えていた国広が両手を頭上にやった。
少年がフードを外す。
きらきら輝くのは彼が金髪だから、というわけではなかった。
「…鱗」
「ああ。俺は横の髪だけが鱗でな。…感情をそこから落とすことに因んで髪鱗病と診断された」
 それだけ言って国広はまたフードを被り直す。
「長義の足を見たか?」
「ううん。でも病名は聞いたよ」
「そうか」
 光忠の答えに国広はあっさりと言った。
「街で俺達がつけられたあだ名を知っているか?…長義が人魚姫、俺が灰かぶりだ」
「…えっと」
「足の鱗は隠していてもバレる。…足が不自由で鱗を落とすから「人魚姫」。俺はバレなかったのは良いがフードを室内でも取らない、ゆえに「灰かぶり」だ」
 国広のそれに光忠は何も言えなくなる。
 それを知ってか知らずか、国広は小さく笑った。
「救いなのは長義がこのあだ名を気に入っている事だろうか」
「…ふふ、長義くんらしいね」
 なんだかその光景が目に浮かぶようで光忠はくすくすと肩を揺らす。
「それで?」
「え?」
 唐突に切り出されたそれに首を傾げた。
 国広も同じ様に傾ける。
「アンタも奇病なんだろう?」
「長義くんと違ってストレートなんだね」
「…気に触ったか」
「別に?…教えてあげるよ、僕の病気」
 まっすぐな彼に微笑を浮かべた。
 上着を脱ぎ、目を瞑る。
 そうして。
「…!」
 国広の目が大きく見開かれた。
 ぶわりと舞うはブーゲンビリアの花弁。
 静かに微笑む光忠が口を開く。
(曰く、どこか神々しささえあった)
「背から花を散らす病気…僕は花埋病の長船光忠、だ」
 花埋病。
 …花吐病の亜種とも言われ、光忠の記憶は全てこの花弁だった。
 発症した理由も分からない。
 奇病には必ずいると言われるツガイもいない。
 ならばと光忠は自ら兄たちに申し出た。
【僕を研究材料にしてください】と。
 光忠はもともと体も弱かった。
 兄たちと違って幼少より教育も受けていない。
 頭は良い方だが…何故だか研究室には入れてもらえなかった。
 兄たちはこの歳くらいから研究室にいたのに。
長船のデキソコナイ。
いつしか街で付けられていた光忠への劣称。
それを聞いたのは定かではない。
幻聴かもしれない。
それでも、劣等感は彼を蝕み、追い詰めた。
自ら実験台を願うほどに。
これで少しでも役に立てるのなら、と。
「…長船」
「光忠でいいよ。此処に居る人はみんな長船だから」
 微笑を見せると国広がたじろぐ。
 名前を呼ぼうとしたのか、口を開こうとした…その時だった。
「国広!!!」
「長義?!」
 鋭い声に国広が焦った様に振り向く。
 そこには怒れる様子の長義がいた。
「な、なぜ…」
「お前ばっかりずるい!!俺だって光忠さんと遊びたいのに!」
「アンタが謝ってこいと…!」
「それはそれ、これはこれ!」
「めちゃくちゃだぞ?!」
 ギャーギャーと二人が言い争う。
 くすくすと思わず笑ってしまった。
 ずいぶんと賑やかしくなったものだ。
 …嫌いでは…ないのだけれど。
 何だか少しむず痒くなって小さく笑う。
「ふふ。二人とも、僕の部屋でお茶にしない?美味しいクッキーがあるよ」
 微笑む光忠に、行く!と二人が手を挙げる。
 素直な長義と国広に光忠も笑った。
 これだけ笑ったのは本当に久しぶりだ。
 楽しいと心から思う。
 こういうのもたまには良いなあ、と、そう思った。


その日、光忠は運命的な出会いをする。
 廊下をほてほてと歩いていた光忠と…走ってきた少年とがぶつかったことで。
「すまない!けがはなかったか?」
「…う、うん。大丈夫。君は?」
「俺も大丈夫だ」
 はしばみ色の髪が揺れる。
 藤の瞳が細められた。
 それじゃあ、と彼が走り出す。
 危ないよ、と声をかけようにも彼は何処にもいなかった。
「…変わっている子だなあ…」
 光忠はそっと呟く。
 相手からもそう思われているとは知らず。

彼の名は長谷部国重。
光忠の運命を変える相手だとは…、まだ知らない。

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