春のマキカイ♀

うとりと瞼が落ちる。
今日は天気が良く、昼寝日和だった…マキノにとってはいつも昼寝日和なのだけれど。
「…い、…わ」
「……」
「あ…ぃ…わ」
「…?」
「逢河!」
鋭い声に眠たい目を擦りながらそれを開く。
目の前にいたのは少しムッとした鬼ヶ崎カイコクだった。
長い髪をサッと避け、「漸く起きたかい?」と頬を膨らませる。
「…カイコッちゃん」
「お前さん、まさか約束忘れたわけじゃああるめぇな?」
にっこりと音が付きそうなほど綺麗な笑みを彼女は見せた。
約束、と小さく呟き…ようやっと思い出す。
そう言えば、花見に行きたいと言ったのはマキノだった。
「おっ、その顔…思い出したな」
満足そうに笑うカイコクは寝ているマキノの手を引っ張る。
「んじゃ、早速行こうぜ。早くしねぇと日が暮れちまう」
「…お弁当、は?」
「は?」
「…アルパカの人…お弁当、あるよって…」
「あいつの用意したもん食べるくらいなら花の蜜でも吸ってる方がマシ」
そう言えばと思い出したマキノのそれに、ぷいっと顔を背けるカイコク。
自分の意見がはっきり言える、意志の強い彼女はどこかスミレとよく似ていた。
羨ましいなぁとさえ思う。
…自分には、持っていないものだから。
「あーいーかーわっ」
「っ」
むぎゅ、と両頬を彼女の手が挟んだ。
「行こうぜ、桜を見に」
笑う彼女にこくりと頷く。
春の陽気の如く、綺麗な笑みを見せるカイコクが「よし」と息を吐いた。
何故だが満足気な彼女が可愛くて。
「うわっ?!あ、逢河?!何し…っ!」
「…?頭、撫でてる」
思わず腕を引き、頭をワシャワシャと撫でていた。
頭につけられたお面のリボンが揺れる。
「んなもん、見りゃ分かる……も、恥ずかしい、だろ、ぅ…!」
頬を薄紅に染めながらカイコクがマキノの手から逃れていった。
少し残念だな、と思う。
実況者メンバーの中でも年長な彼女は、甘やかされることに慣れていないのだ。
…もう少し、甘えてくれても良いのだけれど。
と、彼女のそばに何かが置かれているのに気がついた。
「…それ」
「…花の蜜…ってやつでェ」
首を傾げるマキノにカイコクが目を逸らしたままそう言う。
ベッドから降り、置かれていたそれを覗き込んだ。
目に飛び込んできたのは手毬の形をした小さなお寿司たち。
「…!」
「悪かったな、俺にとっての蜜、で」
「…。…ううん、嬉しい」
小さく言う彼女にマキノは答えた。
きっとわざわざ作ってくれたのだろう。
普段は料理をしないと言っていた…はずなのに。
ありがとう、と伝えれば「…ん」と簡素なそれが返ってくる。
だがその表情は言葉よりも雄弁でマキノはそっぽを向く彼女が、純粋に綺麗だと…思った。
「…桜の花、みたいだね」
「…はぁ…はぁ?!!」
その言葉に素っ頓狂な声を出すカイコクが可愛い。
以前見た花と同じ色に染まる彼女の頬を撫であげた。
…無意識に、表情を緩ませて。
「カイコッちゃん、可愛い」
「…んぐ…っ!」
ストレートな言葉にカイコクは何も言えないようだ。
存外褒められるのには慣れていないらしい。
「…お花見…」
「は、ぅ、ぇ??」
「桜より綺麗な花、見つけた」
唐突な呟きに戸惑ったようなカイコクへ手を伸ばす。
桜色に耳を染める彼女が可愛くて。
マキノはそっとキスをした。

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