夏のアンカイ♀

「…夏祭り?」
ふわり、と彼女が首を傾げる。
それにアンヤは、おぅ、と頷きながらミントガムを口に運んだ。
「なんつったかな、カラカラ遺跡の?近くにあるシーサイド?で祭りをやるんだと」
「…へぇ…??」
「女子共が無理やりに頼み込んだらしいぜ。楽しみがなさすぎるっつって」
「…俺も女子なんだが」
カイコクのそれに、アンヤは知らん、と返す。
彼女は祭りの件に関して噛んではいなかったようだ。
「…駆堂は…行くのか?」
「あ?…あー……ゲームやるわけでもねぇし…」
どこかそわそわしているカイコクに、わざとらしく言えば、少しだけしゅんとした。
面白いな、と思う。
「オメーは?」
「え?」
「…オメーが行くなら、一緒に行ってやってもいいけど?」
きょとん、としてみせた彼女が意図を理解したのだろう、小さく笑った。
「俺ァ、駆堂から誘ってくれると思ってたんだがねぇ?」
くす、と挑戦的に笑う彼女には敵わないな、と早々に諦める。
代わりに手を差し出した。
「夏祭り、一緒に行かね?鬼オンナ…や、カイコク」



「んで、結局こうなるんだよなぁあ!」
ある一点を見つめ、アンヤははぁあとため息を吐いた。
視線の先にはカリンと話すカイコクがいる。
二人きりだと思っていたそれは、どうやら全員参加だったようで。
女子の着付けから何から担当した彼女は先程からちやほやされているのである。
カイコク自身も普段とは違う、烏羽色に女郎花が散った浴衣で(普段は小紋、といって全く違うらしい)、長い髪もアップにしており、そこも話題の一つのようだ。
すっかり彼女を女子に取られてしまったアンヤはもう一度溜息を吐き出してから踵を返す。
仲間たちからの同情の目が居たたまれなかった。
歩き出したところで、くん、とシャツの裾を引かれる。
「おわっ、何しやが…!…って」
「…置いてくこと、ねぇだろう?」
たたらを踏み、怒鳴りながら振り返ればカイコクがほんの少しブスくれた目でこちらを見ていた。
「…あいつらとは行かねーの?」
「?夏祭りはお前さんが誘ってくれたんだろ?」
少し意外に思いながら聞いてみれば、カイコクは首を傾げながらそう言う。
そういやそういう女だった、とため息を吐いた。
「く、駆堂?」
「…ほら」
「へ?」
おろっとこちらを見るカイコクに向かって手を差し出す。
目を丸くする彼女の、白い手を取った。
「…祭り、行くんだろーが」
「…あぁ」
そっぽを向きながら言うアンヤに、カイコクが小さく笑う。
暗闇に響く、カランコロンという下駄の音。
「…歩きにくくねぇの?」
「…や、大丈夫でぇ。慣れてるからな」
「あっそ」
短く返すアンヤに彼女はへにゃりと笑んだ。
ふ、と手を引くカイコクが立ち止まる。
「おわっ、なんだ…よ…」
急に立ち止まられ文句を言いかけたアンヤは口を噤んだ。
立ち止まったカイコクは何かをじぃっと見つめていて。
視線の先にある出店には色とりどりの指輪やアクセサリー類と、穴の空いた箱がある。
どうやらくじの一種のようだ。
だが彼女はやるか、と問うても首を振るだろう。
普段は気にしないくせに何故だかこういうところは気持ちを押し殺すのだ。
やりたいならやりたいと素直に言えば良いのに。
「え、あ、駆堂?」
「…そこ、座って待ってろ」
ベンチを指差し、一旦荷物を押し付けてアンヤは出店に走る。
ついでに食べ物も色々買って持っていくか、と思いながら、出店の主人に声をかけたのだった。


それから数十分後。
「…NPC(モブ)にまでナンパされてんじゃねーよ!!」
「っ!…駆堂」
別れた場所に戻れば彼女は何やら仮面をつけた男たちに言い寄られていて思わず怒鳴る。
ホッとしたようにこちらを見るカイコクを引っ張り上げ、抱きしめた。
「何許可なくオレのカノジョに声かけてんだ?あ??」
恫喝し、モブたちを散らす。
それから腕の中にいるカイコクにもじろりと睨んで見せた。
「…つか、テメーも」
「…え?」
「あれくらいのモブ、蹴散らせるだろーが。なんで言い寄られっぱなしなんだよ」
隙だらけの彼女に文句の一つでも、と思いきやカイコクもカイコクで言い訳があったらしい。
ムッとした表情で「あいつらが気になること言うから」と言った。
「あ?気になること?」
「この祭りの中にある、約束の木の下で指輪を貰ったら、幸せになれる…って」
聞き返すアンヤに、彼女はこくり、と頷く。
興味なさそうに見えて存外世迷い言を信じるタイプらしいカイコクに呆れた表情を向けた。
「べっ、つに良いだろ!…幸せを信じたって」
「…悪いとは言ってねぇだろーが」
不満そうな彼女にそう言い、腕の中から解放する。
そのままその白い手を取った。
先程くじで勝ち取った赤い石がついた陳腐な指輪を嵌めてやる。
「…っらよ」
「…!こ、れ」
「…悪かったな、おもちゃで」
目を見開くカイコクにふい、とそっぽを向きながら言えば彼女はふにゃ、と表情を和らげた。
「…これが、良い」
「…そーかよ」
ただのおもちゃだろ、と言いかけアンヤは止める。
捨て台詞を吐くには彼女は幸せそうに見えたのだ。
提灯に向かって手を翳し指輪を見つめるカイコクに、ため息を吐いた。
「…そんなん見て楽しいのかよ…」
「まぁねぇ」
にこにこ笑う彼女に、あっそ、と返す。
早く大人になりたいな、と…ただそれだけを思った。
早く大人になって、彼女に本物を贈りたい、と。
「なあ、これ、秘密?」
「あ?…いいんじゃねーの、言いたきゃ言やぁ」
「…ん」 
上機嫌なカイコクの手を取る。
駆堂?と首を傾げる彼女を引っ張った。
「…あっちに美味い唐揚げ屋があるんだと」
「唐揚げ…んぐ?!」
「イカ焼きやるから着いて来いや」
アンヤの誘いに、少し迷うから先程買ったそれをカイコクの口に押し込む。
ムッとしていた彼女が、咀嚼をし、しゃあねぇなぁと言った。
思ったよりもお口に召したらしい。
「駆堂、ししゃもの唐揚げも食いたい」
「へーへー」
笑う、カイコクの手に光る…己の目と同じ色の石。
牽制や予約を込めたそれを見せつけるように、アンヤは手を繋いだのだった。

(今はそれで我慢してやるよ、なんて強がって)


「あ、なぁ、忍霧!見てくんなぁ!駆堂が…!」
「てっめ、一番バレたくねえやつに報告してんじゃねぇよ!!!」

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