梅雨のパカカイ♀

ザァア…と雨が降る、音が聞こえる。
今日は朝から雨が降り続いていた。
雨はあまり好きではない。
…だが。
パタン、という音にパカは振り向かずに口を開いた。
「外に行かれていたのですか?」
「…。…別にいいだろ」
その問いに固い声で答えたのは鬼ヶ崎カイコクだ。
ふい、と音がつきそうなそれで彼女はそっぽを向く。
「良くはございません。…貴女様は今回のゲームの【人質】なのですから」
「…」
「その自覚はお有りですか?鬼ヶ崎様」
振り向き、つかつかとカイコクの方へ向かった。
警戒するようにこちらを見る彼女の顎を指で持ち上げる。
「…。…外には出てねぇ。俺に触んな」
その手を払い落とし、彼女が睨んだ。
まったく、学習しない人だな、と思う。
まあそういうところも可愛らしいのだが。
「透けておりますよ」
「…っ!どこ見てんでぇ、変態っ!」
水滴が床に落ち、うっすらと肌色透けるそれを言葉少なに指摘すれば、それだけで分かったのだろう、ぎゅっと己の身体を抱きながらカイコクが怒鳴る。
意外とそういうのも気にするのだなと仮面の下で笑った。
彼女はあまり頓着しないかと思っていたのだが。
「教えて差し上げたのにそんな事を言われるとは!私のことを何だと…!」
「変態家畜野郎」
「…駆堂様のようなことを仰いますね」
「事実だろう」
そう言いながら鬱陶しそうに濡れた髪をかき上げる彼女にパカは「いらっしゃい」と告げた。
それだけで警戒しきった表情をするから、やれやれと息を吐いてみせる。
「風邪を引かれては困ります。拭いて差し上げますので、こちらへ」
「…。…そんくらい自分で出来らァ」
「貴女様に選択の余地があるとお思いで?身体を暖めるだけなら他にも方法は御座います。例えば…そうですねぇ、無理矢理熱湯の張った浴槽に突き落とされる、そういった方が宜しいので?」
「…っ!」
びくっと身体を震わせた彼女がお面の紐を解き、こちらへ足を進めた。
賢い子は好きですよ、とパカは取り出したタオルを目の前で止まったカイコクの頭に乗せる。
「変なことしたら殺す」
「おやおや、物騒ですねぇ。もう少し可憐になられては如何です?我が愛しの伊奈葉様のように」
「たたっ斬られてぇのかい?」
にこっと彼女が笑って見上げてきた。
もちろん目は笑っていないが。
「まったく。ハイドライジアのようでございますね、鬼ヶ崎様は」
「…。…貴女は美しいが冷淡だ、ってか」
少しの沈黙の後、カイコクが笑む。
とびきり綺麗なそれで。
ハイドライジア…紫陽花の花言葉を知っていたのだろう、挑戦的に笑う彼女に、いいえ、と言ってやった。
その途端にきょとんと表情を崩すカイコクは雨を好むその花にとても良く似ていると思う。
土によって色を変えるハイドライジアのように、彼女自身は気付いていないだろうが人によってその表情はくるくると変化するのだ。
それが…愚かしい、と思う。
「ハイドライジアには【辛抱強い愛】というのもございます」
「…へえ?俺ァ短気な方だが?」
「ご自分の気持ちは忍ぶ方でしょう。違いますか?」
「…。…どうだかな」
くすりと笑うカイコクを拭いてやりながらパカはおや、と態とらしく言った。
「その身体に直接聞いて差し上げましょうか?鬼ヶ崎様」
「…どうやら死にてぇらしい」
本音を隠して笑うカイコクを、パカは無言で抱き上げる。
途端に顔色を変える彼女は可愛らしく、愚かに感じた。
賢い割に迂闊なのだ、カイコクは。
「っ?!何しやがる!!下ろせ!!」
「言ったはずですよ、鬼ヶ崎様。無理矢理浴槽に突き落とす方法もある、と」
「…っ!!や、め…っ!!」
「ご自身の言動は良く考えてからなさった方が良い」
暴れるカイコクを風呂場に連れて行く。
窓の外では赤に近い紫陽花が雨に打たれ、雫を落とした。
響く水音は梅雨のそれか別のものか。
室内は光をなくし、暗闇に包まれた。

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