羽衣の行く末は(ザクカイ)

笹の葉さらさら、軒端に揺れる

「…は?」
唐突に言われたそれに、ザクロは目を丸くする。
「だーかーらー、七夕物語だよ、ザッくーん。今日は七夕だろう?」
「いや、それは知っているが」
ユズが足をバタバタさせながら言うそれに、ザクロはそう答えた。
そう、今日は七夕である。
普段は行事も何もないところだ、せっかくだから、と山から笹を取ってきて笹飾りを作っている真っ最中だった。
高校生にもなって七夕も何もないと思うが…皆が楽しそうだからまあ良いか、と思っていたところに暇を持て余したユズが来て…これだ。
七夕物語、そう言われてどんな話だったかと思い出す。
確か、真面目な彦星と織姫が結婚したものの、遊び呆けていた為に人々が困り、遂には神から天罰を食らって天の川を挟んで引き離される話と記憶しているが。
あまりに二人が嘆き悲しむから7/7の夜だけ鵲が橋をかけてやり邂逅を赦すのだ。
下らない、と思う。
川なんぞ飛び越えて会いにいけば良いのに、と。
そもそも結婚如きで浮かれるからこんなことになるのだ。
「あははっ、ザッくんらしい回答だにゃあ」
持論まで展開すればユズが楽しそうに笑う。
それでも訂正をしないところをみるとこれで正解のようだ。
…だが。
「うんうん、じゃあもう一つの七夕物語は知っているかい?」
「…もう…一つ?」
ユズから予想外のことを言われ、ザクロは呆けてしまった。
七夕の話はこれだけだと思っていたが、違うのだろうか。
「おっ、その顔は知らないな?ならこのボクが教えてあげよう!」
何故だか得意げにユズが言う。
そうして彼女が語りだしたそれにザクロは少し引いてしまった。
「…それは…本当に七夕物語、か?」
「本当だとも!まあ、一般的には羽衣伝説、の方が名としては通っているかも知れないがね」
にこ、とユズが笑う。
名としてはどちらでも良いのでは、と突っ込みたくなった。
「その…何というか……、最低ではないか…?」
色々オブラートに包んだ感想を、ユズが笑い飛ばす。
「昔話なんてそんなもんさぁ。つるの恩返しだって、ひいては天岩戸隠れの話だって、最低といえば最低だろう?」
「それはそうかもしれないが」
「まあ、頑張り給えよ」
ニコニコと機嫌良く、それを手渡してくるユズにもう溜息しか出なかった。
「…羽衣、な」
渡されたのは【彼】がいつも着ている着流しだ。
それをユズは隠せという。
息を吐き出し、とりあえず、と恐らくそこにいるだろう露天風呂に向かった。
笹を取りに行き、疲れただろうから風呂でもと促されていたのを思い出したのである。
それにしたって。
ザクロは何度目か分からない溜息を吐いた。
何を馬鹿な、とは思う。
思うのだが。
「…忍霧?」
ひょこ、と顔を出したのは件の彼、カイコクだ。
「…鬼ヶ崎」
「ちょうど良かった。あのな、俺の部屋から着替えを…忍霧?お前さん、それ…」
へにゃ、と笑うカイコクが困惑したように指をさす。
何故、なくなったはずの着流しがそこにあるのか、という顔をする彼に、ザクロは渡す…振りをして着流しを洗濯機にぶち込んだ。
「おいっ、何しやが…?!」
「これで着替えはなくなったな、鬼ヶ崎」
そう言い、声を荒げようとするカイコクの手を引く。
裸同然の彼が胸に飛び込んできた。
「待て待て待て忍霧?!!」
「着替えがないなら、やることは一つだ」
「ちょっと待ちなって、こら、忍霧!意味分かんねぇ…んんぅ?!!」
焦るカイコクに、マスクを外して口付ける。


…もうひとつの七夕物語。

それは、天女である織姫の羽衣含む衣服を隠し、天界に帰れなくした彦星は途方にくれる織姫をだまくらかしてそのまま結婚する、という話。

羽衣を無くした彼は、真面目な少年の罠に落ちていく。
彼といつまでも末永く居れますようにという、純真たる願いと共に。
…騙してまでも一緒にいたい彦星の気持ちも分かる気がする、と思いながら…ザクロはカイコクを押し倒したのだった。

(お星様キラキラ、二人の行く末、空から見てる?)

name
email
url
comment