Eustoma grandiflorum(ナナカイ)

「…あら」
いつもの倉庫、待ち合わせの時間に彼はおらず、まあ事情があるのだろうと壁に凭れ掛かった時であった。
いつもの食品棚に見慣れない便せんが置いてあった。
持ち上げてみればあて名は何もなく、裏に魚と思わしき…はてこれが魚と言われれば首をかしげるのだけれども…イラストがある。
「…」
二人きりの秘密の場所に置いてあるもの、なのだから自分宛だろうかとそっと中身を見ることにした。
違っていれば…謝ればいいのだし。
「…あら」
中に入っていたのは手紙で、目を通したナナミは先程と同じ言葉を無意識のうちに零す。
だが、先程とは明らかに意味が違っていた。
思わず笑みが浮かぶ。
あまり笑うと失礼だろうかとは思うが口角が上がるのは止められなかった。

【拝啓、男女嶋ナナミ様
贈り物は何にすれば良いのか分からず、直接伝えるのは柄ではないので手紙にしています。
ナナミにーさん、誕生日おめでとう。
にーさんの珈琲、気に入っているからまた淹れてくれたら嬉しい。


トルコ桔梗の花言葉に思いを寄せて。
鬼ヶ崎カイコク】

子どもよりも達筆で、大人にしては稚拙な、青年である彼だからこその手紙だな、とナナミは笑う。
紙面上でも素直でないのは変わらないのだと思った。
それにしても。
「…。なるほどね」
手紙を読み終え、小さく息を吐く。
トルコ桔梗。
優美、良い語らい、感謝などの花言葉を持つその花に想いを寄せてくれるという彼に小さく笑う。
存外にロマンチストなのか、誰かに教えてもらったのか。
情熱的な言葉を縷々に叫ばないのは実に彼らしい。
それにこの花には他に。
「青のトルコ桔梗は『貴方を想います』だったかしら?」
便せんに淡く映る花は紫でもピンクでもなく青だった。
それを知っていて、隠れているであろう彼にわざとらしく声をかける。
「…バレてたか」
「当たり前でしょ。鬼ヶ崎クンのやることなんてお見通しよ」
棚の影からカイコクが罰の悪そうな顔で姿を現した。
それににこりと笑ってやれば、「にーさんには敵わねぇなぁ」と独りごちる。
「あら、そんなの、前から分かっていたじゃない」
「…確かに」
くすくすと笑い、頭を撫でてやった。
最初こそ大人しく撫でられていたが暫くすると眉を潜めてくる。
「子ども扱い止めてくんな、にーさん」
「なら、何扱いが良いのかしら?」
ブスくれた様相のカイコクに、笑みを見せながら聞けば黙りこくってしまった。
そういうところが子どもなのに、とまたナナミは笑う。
「ねぇ、鬼ヶ崎クン?」
「…。…なんでぇ」
じとり、とこちらを見ながらも返事だけは律儀にする彼の、手を引いた。
「おわっ、にーさ…?」
「誕生日プレゼント、もらっても良いかしら」
「?!!手紙…渡したろ…?!」
「それはそれ、これはこれよ。アタシね、強欲に生きるって決めてるの」
赤い顔で慌てるカイコクに笑みを見せる。
「…っ、にーさんのそう言うところ、嫌いじゃねぇけど…よ…っ」
「あら、ありがと。出来ればもっと直接的な言葉が欲しかったわ」
目を逸らしながら言う彼にそう言ってやればふるふると震えた。
そして。
頬に掠める唇の感触と、掴んでいたはずのカイコクの手がするりと解けたのはほぼ同時だった。
これで勘弁してくんな!という…脱兎の如く逃げ出した彼の声が遠くから響く。
「…あら」
キスをされた頬を押さえ、ナナミは三度目のそれを呟いた。
素直でない彼の、最大限のプレゼントに笑みが零れる。
…さて、カイコクはこの後どうするのだろうか。
まだ本来の用事は…済んでいないのに。

自分の性格は自分でよく分かっているのだ。
欲しいもののためには自分で動く、それが何であったとしても。
さて、どうしてくれようかしら、とナナミは普段見せない悪い顔を浮かべ、それを伝えるべく口を開いたのだった。


「…あの、にーさん……。…今日は扉を挟んで話を……」
「ダメよ。バレたら困るでしょう??」
(猫のように警戒しながら、いらっしゃい、と囁くナナミに敵うはずないのは…彼が一番良く知っている)

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