秘密の振動(ザクカイ)

「あれ、カイコクさぁん!」
階段下にいた人物に思わず声をかける。
胡乱げに振り仰いだ彼がひらりと手を上げた。
「おう、入出」
「どうしたんですか?普段はこの時間はお部屋ですよね?」
とててっと階段を駆け下り、カイコクの前で止まる。
アカツキの問いに彼はほんの少し苦笑いを浮かべた。
「よく知られてるねぇ…。何、ちょっくら散歩をな」
僅かに笑みを浮かべるカイコクは、どこか無理をしているように見えて、アカツキはあれ?と首を傾げる。
あの、人に隙を見せないカイコクが、珍しいな、と思った。
「そうなんですねー!…でも、明日もゲームありますから、程々にしておいた方が良いですよ?カイコクさん、具合悪そうですし」
にこりと笑えば、カイコクは目を見開く。
具合が悪いということを悟られている、とは思っていなかったようだ。
「…入出にバレるたぁ、俺もまだまだだねぇ?」
「カイコクさん、分かりやすいです、よ…?」
苦笑する彼にそう言った瞬間、甘い香りがふわりと鼻孔を擽る。
なんだろうかと首を傾げつつ、ふと目の前のカイコクから小さな電子音が聞こえた。
「カイコクさん、バイブの音しません?」
「…あー……」
聞いてみればカイコクは罰が悪そうに明後日の方を向く。
「…俺の、だな。なんか連絡来たんだろ」
「カイコクさん、スマホ持ってたんですか!…あれ、でもここって外界との連絡手段ありましたっけ…?」
「いや、あの…忍霧が、その…」
珍しく口元を押さえてゴニョゴニョ言うものだから、ああ、と笑った。
忍霧ザクロは心配症だ。
こと、カイコクのことに関しては異常なほどなのである。
…白の部屋に連れて行かれたのも関係しているのだろうな、と思った。
カイコクを妹と重ねているのかも知れない。
「なら、早く出てあげた方がいいんじゃないですか?」
「いんや、大丈夫でぇ。これは…なんつーか…飾り?じゃねぇけど…」
「…?」
奥歯に何か挟まったようなそれで答えようとするカイコクに、アカツキは疑問符を浮かべた。
何でもはっきり言う割に、珍しいな、と思った…その時。
「鬼ヶ崎!」
廊下の向こうから荷物を抱えたザクロが慌てたようにやってくる。
「あ、忍霧さん!」
「…忍霧」
おぅい!と手を振るアカツキに、カイコクが何故かホッとした顔をした。
あれ、と首を傾げる。
「貴様、動くなと言っただろう!」
「…動いて、ねぇよ」
「先程と立っている位置が違う。…あぁ、すまない入出。何か用だったか?」
ブスくれるカイコクに、ザクロがそう返し、こちらを見てそう言った。
「いえ、特に用事はないですよー!」
「そうか。では俺達は失礼する」
へにゃ、と笑い手を振ればザクロがそそくさとカイコクの腰を抱き、立ち去ろうとした。
「…っ!また、明日な…入出」
「…はいっ」
無理矢理に笑みを浮かべるカイコクに、アカツキも笑顔で答える。
すれ違いざま、バイブの音がはっきり聞こえた。
「…そりゃあ…言えませんよねぇ…」
手を下ろし、彼等を見送ってからアカツキは小さく呟く。
カイコクが持っていたのは通信機器の類ではなかった。
所謂…あれは、そう。

「意外と独占欲強いですよね、忍霧さん」

にこっと笑い、アカツキは部屋に戻ることにした。
立ち去る前に聞こえた…カイコクの小さくて甘ったるい声を、胸に秘めながら。
…明日のゲームは全員参加出来るだろうかと、それだけを気にして。

(そういえば今日はバイブの日、なんですよ!!)

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