猫は抱っこが嫌いな生き物でして(ザクカイ)

うなぁん、という声がした。
振り向いた先にいたのは見たことのない黒い猫。
「どうした?…迷い込んだのか」
普通サイズの生き物は珍しいな、とすっかりこの生活に馴染んでしまった思考を巡らせる。
抱き上げてやろうと伸ばした手から、黒猫はするりと逃げた。
「うにゃんっ」
「む」
何か文句をいうように鳴く猫に眉を顰める。
そういえばサクラが「猫さんは、抱っこ嫌いが多いんだよ」と言っていたっけか。
それでも何となく悔しく、掴まえてやろうと手を伸ばす。
「うに、にゃぁあっ!」
「あ、こら、逃げるな!」
抱き上げるがジタバタと暴れ、また腕の中から抜け出してしまった。
じとりと睨む猫にザクロはため息を吐く。
「何だと言うんだ。俺に声をかけてきて、こちらが手を伸ばせば逃げてしまう。全く、まるで鬼ヶ崎のようだな、貴様は…」
半分諦めと共に吐き出した言葉に黒猫はぴくりと反応を見せた。
目を丸くさせ、こちらを凝視している。
…まさか。
「貴様、鬼ヶ崎…か?」
おずおずと猫に向かって問いかけた。
何を滑稽な、とも思う…が。
予想に反して黒猫は小さく、にゃあ、と鳴いた。
そういえば、首元に何か赤いものが見える…ような。
手を伸ばし、抱き上げる。
今度は、黒猫は逃げなかった。
首元に付いていたのは猫サイズになった鬼の面。
よく見たことのあるそれは、紛うこと無き彼の。
「ははっ、そうか!貴様、鬼ヶ崎か!」
抱き上げた猫を抱きしめる。
にゃあ!と文句じみた声を上げる黒猫を、離すまいと毛に顔を埋めた。
もふりと感じるそれは紛れもなく猫なのに、どこかカイコクも感じられて。
暖かい、陽だまりのような匂いが、広がった。


「…と、いう夢を見たんだが」
「…へぇ??」
そう言うザクロに、カイコクは不満そうに返した。
少し苛立ちが見えるのは、急に起こされたからか、それとも。
「…んで?その夢と俺がお前さんに縛られる関係性を聞いておこうか?ん??」
「いや、そうしないと貴様逃げるだろう?」
「…逃げねぇよ、ったく、猫じゃねぇんだから…」
ため息を吐くカイコクの頭に猫耳カチューシャを乗せる。
「…おい、忍霧?」
「俺の話を聞いていたか?鬼ヶ崎」
「は?…うわっ」
首を傾げる彼を押し倒し、抱き着いた。
ぎゅう、と抱きしめ、やはり彼はこのままが良いな、と思う。
「…忍霧?」
と、戸惑いがちな声が降ってきた。
彼は抱きつかれるのは慣れていないのかいつも困った顔をする。
それが好きだなんて…言えないのだけれど。
「なあ、抱かせてくれ」
「…んな…?!さっき散々ヤッたろ…ひっ?!」
目を見開くカイコクの、首筋を舐め上げた。
「ふ、ぁ…ゃっ…!おし、ぎり!」
可愛らしい声を上げながら涙目で睨むカイコク。
「鬼ヶ崎、にゃあは?」
「にゃ、にゃあ…?」
それを物ともしないザクロの突然のそれによく分からない、というようにカイコクは鳴く。
頭上に着けた猫耳が揺れた。
「…貴様のそういう所が、な…」
「何なんでぇ!!!ひんっ、ぁ、やだって…!!」
息を吐くザクロに、カイコクは声を荒らげる。
黙っていろ、と、ベッドに沈みこませた。


猫の彼も悪くはなかったけれど、やはり人間のままの方が好ましいな、とザクロは思う。

(だって、ハグをした時の表情が可愛らしいのは、黒猫ではない、鬼ヶ崎カイコク、その人なのだから!!)

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