今宵限りの祭り囃子(ザクカイ)

「…祭り?」
ザクロのそれに、カイコクが小さく首を傾げた。
「あぁ。カクリヨの街で夏祭りがあるらしい」
「…ゲームは終わったってぇのに?」
「あれはバグだからこちらが消去するまでは消えないのだとか…詳しくは知らんが」
不思議そうな彼に言えば、ふぅん、と分かったのか分からないのか微妙な返事を寄越す。
「折角だ、共に行かないか?」
「…。…人が多いところはあんまり、ねぇ…」
むぅ、と、渋るカイコクは最初から想定の範囲内だ。
今まで幾度となく断られてきたのだから。
「…たこ焼き」
「…あ?」
「イカ焼き、鮎の塩焼き…」
「…」
「…行ってくれるなら奢ってやっても良い」
「…なるほど?」
考えてきたねぇ、と彼は笑う。
「そこまで言うなら、行ってやってもいいぜ?」
「本当か?!」
「ただし」
パッと顔を輝かせるザクロに、カイコクは綺麗な笑みを見せた。
立ち上がり、箪笥を開く。
「祭りなら…正装になってから、な」


わいわい、と声が響く。
忍霧!と前を行く彼は渋っていた割に楽しそうで。
やれやれ、と息を吐き出し…ザクロは馴れない下駄の音を鳴らした。
あの後、カイコクに着付けられたのは藤色に白磁の帯が眩しい浴衣である。
甚平でも良かったのに、と言うが彼は「祭りといやぁ浴衣だろ?」と笑うばかりだった。
カイコクも普段とは違い、赤の小魚が裾に散った浴衣を着ている。
普段のあれは着流しで、浴衣とはまた違うものだそうだ。
…まあ、ザクロにはさっぱりだったが。
「忍霧ー??」
「あ、あぁ!」
大声で呼ばれ、ザクロは駆け寄る。
「どうした?随分呼んでいたが」
「?お前さんが来ねぇからだろう?」
きょとりとするカイコクは先程から上機嫌だ。
たこ焼きもイカ焼きも初めて食べた、と言っていたが、どうやらお気に召したようだった。
浴衣は普段より着崩す様子もなく、きちんと着れるのではないかとザクロは嘆息する。
「…」
…と、じぃっと彼が見つめてきた。
首を傾げればにこ、と笑い。
「あ、なぁ、金魚すくいあるぜ、忍霧!」
そう、無邪気に指をさした。
「鬼ヶ崎、金魚は食えないんだぞ?」
「いくらの俺でも金魚は食わねえよ」
ザクロの返事にも彼はへにゃりと笑うばかりで。
何かがおかしいと見つめていればカイコクは幸せそうに笑みを浮かべる。
「…お前さん、やっぱ格好良いねぇ…」
「…は??」
ぽつりと告げられるそれに、ザクロは耳を疑った。
…今、なんと??
「…貴様、今…!?」
「ん?ふふー、秘密でぇ」
問い詰めようとするザクロにカイコクがひらりと逃げた。
カラコロ、鳴るは下駄の音。
花火が、夜の街を綺麗に彩った。

今宵限りの祭り囃子は

彼が奏でる秘密の本音。

「…ちょっと待て、鬼ヶ崎。貴様今何を飲んだ…?」
「んー?アサリの酒蒸しー」

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