本日浴衣の日でありまして(閑タバ)

うとうと、微睡みの中、柔らかい声が聞こえる。
「…ん、せ…せ…せ…」
意識を浮上させ、目を開けばフードを被った青年、タバサがこちらを覗き込んでいた。
「あ、起きた」
「…なんじゃ、どうかしたのかえ?タバサよ」
身を起こし、そう聞けば彼は呆れたような顔をする。
「…なんでガーデニアといい、みんな約束を忘れちまうんだ…?」
「…約束」
首を傾げるタバサに閑照は記憶を手繰り寄せた。
…そういえば。
「…海祭り、シーサイドの」
「おっ、珍しく自力で思い出したな」
そう漏らせばへにゃりとタバサが笑う。
今日はシーサイドで海祭りが行われる日だ。
夜の化物退治まで時間があるから、と閑照から誘ったのにすっかり忘れていた。
「入り口で待ってても来ないからさ、先生」
「すまんすまん。寝入るまでは覚えていたんじゃが」
そう言いながら、ふとタバサの服に目を留める。
「しかし、その服はシーサイドに行くにはちと暑そうじゃのう、タバサ」
「え?」
指摘したそれにタバサはきょとんとした。
モスグリーンのフード付きコートにタートルネック…どう見ても暑そうである。
増して向かうのは日差し照りつけるシーサイドだ。
倒れては元も子もない。
「どれ、ちくっと見繕ってやろうかの」
「へぇ?!い、いいよそんなの!」
「なぁに、遠慮することはない。龍の国ではこちらのほうが主流でな」
わたわたと手を振るタバサににこりと笑ってみせた。
「それとも…わしと揃いは不満かえ?」
「…!」
それに、大きく目を見開いたタバサは、ずるいなぁと苦笑する。
「じゃあ、お願いします」
「うむ、承知した」
困ったように笑うタバサに閑照も頷いた。
がさごそと箪笥を漁り、いくつか浴衣を取り出す。
「この抹茶色の浴衣はどうじゃ?」
「…任せるよ。閑照先生の見立て、結構良いし」
「ふむ、嬉しいことを言ってくれる」
クスクス笑い、服を脱ぐように指示をした。
素直に服を脱ぎ、タバサは手を広げる。
無防備だと思いつつ浴衣を着せ、帯を締めてやった。
「どうじゃ?」
「お、おぉ…!」
姿見の前に立たせてやればタバサは感嘆の声を洩らす。
抹茶色の浴衣に朱色の帯は良く映えた。
元々背は高い方だからだろう、浴衣がよく似合う。
「よぅ似合っておるよ」
「…ありがと。思ったより涼しいな…!」
上機嫌でくるりと廻るタバサの、浴衣の裾がふわりと揺れた。
「ううむ…」
「?先生?」
悩む閑照にタバサが首を傾げる。
そんな彼に閑照は、ずい、と、近寄り。
「?!!待て、まてまて先生?!」
「…やはり無い方がすっきりしておる」
焦るタバサに笑いかける。
その手には…彼の下着があった。
「下着の線がない方が美しく見えるからの。では行こうか」
「うぇ?!こ、これで?!!」
「誰にも分からんよ」
顔を赤くしながら戸惑うタバサにそう言い。
「…興奮、するじゃろ?」
耳元で、そっと囁いた。
ぶわわっと顔が余計に赤くなる。
「ほほっ、愛いのう」
「…揶揄うなよ……」
恥ずかしがる彼に本音を漏らし、手を差し出した。
「ほれ、わしが守ってやろうぞ」
「…。…絶対な?」
その手を取り、タバサが小さく言う。
可愛らしい、と思いながら、閑照は手を握り返したのだった。

向かうはシーサイドの海祭り。
そういえば東の国では今日は浴衣の日だったなぁとぼんやり思った。

(可愛い、自国の衣装を見に纏わせた彼を連れて歩けるなんて…なんと素晴らしい日!)

帰宅後、でりばりゅうが騙されていると告げたことにより一悶着起きるのは…また別の話。

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