星降る夜に良い事/悪い事(ケンシン・ヒノシン/シン兄バースデー

そういえば、と思い出す。
「?シンヤくーん」
「えっ、あっ、はい」
唐突に止まったシンヤに、不思議に思ったのだろう…更屋敷ヒノキがひらひらと顔の前で手を振った。
そういえばまだ仕事中だったと、はっと我に返り謝ると、ヒノキはいつもの如くへらりと笑う。
「まあね、歩き通しは疲れるよね」
「…いえ、そうではなく」
「?じゃなくて?」
否定するシンヤにヒノキが首を傾げた。
えっと、と前置きをしてからヒノキを見上げた。
「今日、誕生日なんです、俺の」
「へぇ、それはおめでとう」
にこにこと笑いながら頭を撫でてくるヒノキに、兄を感じながら、ありがとう御座います、と言う。
「家では祝ってくれたり?」
「うーん…兄が亡くなる前は…弟も小さかったから盛大にやってくれましたけど、今は…ケーキ食べるくらいですかね…。昔は似顔絵とかくれたんですけど、アンヤ」
「写真あるの?」
「ありますよ、ドヤ顔のやつ」
見せようとした手をぐっと引かれ、シンヤはきょとんとヒノキを見上げた。
「まあそれは後で見せてもらうとして…シンヤくん、お兄さんと悪いことしないかい?」
にっこりとヒノキが笑う。
はあ、と曖昧に頷けば、楽しそうにヒノキが何やら電話をし出した。
自分も親に連絡すべきかと迷っていれば、こっちで上手くやるから大丈夫、とブイサインを送られてしまう。
まあ、良いかと引かれるままに着いていくシンヤはふと、亡くなった兄のことを思い出した。

あれはそう、アンヤが似顔絵をくれた誕生日のこと。

「誕生日おめでとう、シンヤ。…なあ、兄ちゃんと良い事しねぇ?」
「…ケン兄」
真夜中に帰ってきたかと思えば開口一番何を言い出すんだろうかと思いながら差し出された手を困惑した目で見つめる。
「アンヤに怒られるよ…」
「その時はその時だろ」
あっけらかんと言う兄は、何やら大きなバックを持っていた。
それが気にならないと言えば嘘になるが、こんな真夜中に何処か行くのも怒られそうだし、何より弟が泣いてしまうとおろおろしていれば、痺れを切らしたケンヤがぐいと引っ張る。
「…ケン兄!」
「いーからいーから」
ニッと笑う兄には敵わないな、と思いながら渡されたメットを被った。
走るバイクから受ける秋になりたての夜の風は心地良く、思わず目をつぶる。
何処に連れて行かれるのだろうと珍しくわくわくした。
「ほい、到着」
連れて行かれたのは近所の山で。
何をするのだろうと思っていればケンヤはなんとバックからカセットコンロと鍋を取り出した。
「シンヤ、水取って」
「うん」
バックから言われたものを取り出し、ケンヤがそれを鍋に入れる。
あれよあれよと言う間に完成したのは、シンヤの好物、ラーメンであった。
「…ラーメン」
「たまには外で食うのも美味いだろ…素ラーメンだけど」
笑う、ケンヤにこくりと頷く。
珍しく星が見えたその日に、二人きりで食べたラーメンは…特別な味が、した。


懐かしいな、と小さくシンヤは笑う。
あの後帰った二人をアンヤの怒号が出迎え、宥めるのに随分時間がかかったっけ、とほわりと表情を緩めた。
「シンヤくん、どう?」
隣のヒノキが言う。
彼が連れてきたのもラーメン屋だった。
それもよくあるチェーン店ではなく、所謂チャルメラというやつで。
「美味しいです」
「そ、良かった」
微笑むシンヤに、笑いながらヒノキがチャーシューを差し出す。
…まるであの日の兄のように。
「…お誕生日おめでとう、シンヤ君」
へらりと笑う彼にケンヤがちらつき、シンヤは目を細めた。
あの日と同じ、星降る夜に。
秋の夜風がシンヤの黒い髪を撫でた。






「…似てねぇよなぁ……」
「…なんでェ」
ぼそりと言ったそれは目の前の男に聞こえていたようでこてりと首を傾げるから、アンヤは別に、と返した。
同じ大学1年生なのにこうも違うのかと思いながらアンヤは空を見上げる。
そういえば誕生日の実の兄が、どうか幸せでありますようにと…祈りながら。

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