お月見ラビット(閑タバ)

うさぎうさぎ
何見て跳ねる?

「おっ、先生!」
ふわふわとした声に振り向くとタバサが何かを抱えて手を振っていた。
「流石の先生も昼も夜も寝っぱなしじゃないんだな」
「タバサはたまに失礼なことを言うのう」
「ふふ、ごめんって」
駆け寄ってきてそう言うタバサに笑顔で返せば、カラカラと機嫌良く笑う。
構わんよ、と言い、ふと彼の頭にある珍しいものが気になった。
「…タバサ。それは何じゃ?」
「ああ、これか?今日は十五夜だからお月見をしようってガーデニアが…」
「そっちではなく、こっちじゃよ」
それ、を手の中のそれと勘違いしたらしいタバサの説明に首を振り、つい、とフードから伸びる耳を引っ張る。
きょとん、としたタバサが、またへにゃりと笑った。
「前に赤の羅針盤で拾ったやつだよ。ガーデニアがさ、どっから聞いてきたのか『お月見にはうさぎだよね!』とか言ってさぁ。被せてくるから仕方なく」
「…断ればよかったのではないかのう…?」
「一緒に被せられたコーディに、『脱いだらタバサにプラントサプライズかけるわ』って脅されたら黙るしかないだろ?」
ふわりと首を傾げるタバサの、被せられたウサギ耳が揺れる。
二人とも脱げば良い話では、と思ったがその考えはないようだ。
…優しいな、と思う。
ラッセルの作り出した…タバサとコーディは。
「なあ、先生。なんでお月見にはうさぎなんだ?確か東の国の伝説だよな」 
首を傾げるタバサに、確か、と空を見上げる。
それは…そう。
昔々の言い伝え。
物語に近い、とある伝承。

『昔、あるところにウサギとキツネとサルがおりました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。サルは木の実を、キツネは魚をとってきましたが、ウサギは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこで悩んだウサギは、「私を食べてください」といって火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げたのです。実は、その老人とは、3匹の行いを試そうとした帝釈天という神様。帝釈天は、そんなウサギを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。』


「…と、まあ、そういう具合じゃな」
「…へぇ……」
指を立てれば、タバサの口元がひくりと動いた。
飼育員、という立場からすれば創作とはいえあまり良いものでもないのだろう。
「…しかし、なんじゃ、タバサはうさぎに似ておるのう」
「え、今の話してからそれ言う?」
困惑したような表情の彼に笑ってみせる。
「今の話をしたからこそ言うんじゃよ」
「えー…。俺そこまで自分を犠牲にしないぜ?」
「しかし、もし、誰かが困っていれば自分を差し出すじゃろ?」
「うん??」
うさぎ耳を揺らして不思議そうな顔をするタバサに笑って続けた。
「仲間の命か自分の命か。天秤にかけた場合、仲間の方を取るじゃろ。…それに、タバサは美味しそうじゃしのう」
「…うん…??」
混乱しきり、といった様子のタバサの、手に持っていたそれから団子を一つ取り上げた。
「あっ、こら、先生!!」
焦って声を荒らげるタバサの口にそれを放り込む。
綺麗な海色の目がいっぱいに見開かれた。
「…ふっ…」
口付け、中の団子を半分こちらの口に入れ込む。
「ほうら、これで共犯じゃよ、タバサ」
「…。…ちゃっかりしてんなぁ、もう」
そう、悪い顔をして見せればタバサは頬を赤らめながらも特に起こることもなく呆れたように言った。
やはり彼は美味しいな、と思う。
…こうやってすぐ隙を見せてしまうから。
この世界は…ラッセルが作り出したものなのだと言う。
ラッセルが殺した人たちをもとに作り出された世界。
…ラッセルが罪悪感を覚えるよう作り出された世界。
終わりにしたい、とラッセルは言っていた。
だが、それを止めたのは…閑照の方。
(おじいさまを殺せなかったわしに、そんな事出来るはずもなかろうて)
必ず殺すと嘯いて、この世界を維持させている。
何も知らない、哀れな仔うさぎにも似ているタバサを…好きになってしまったから。


月のラビットよ、居るなら如何か叶えておくれ

…わしはの、まだ夢を魅ていたいんじゃよ

ラッセルが創り出した、都合の良い夢とやらを

「先生?」
タバサが首を傾げる。
秋風にうさぎの耳が揺れた。
「タバサ、足元に毛虫が…」
「うわっ?!」
ぴょん、と跳ねる彼の手から団子が零れ落ちそうになる。
慌てるタバサの、くるくる変わる表情が…いつまでも傍にありますように、と…願った。

 
うさぎうさぎ
何見て跳ねる?

(ラッセルが作り出した、赤い月を見て跳ねる)

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