東雲色(ザクカイ)

ふと目を覚ますと、ぼんやりとカイコクが窓の外を見ていた。
「…鬼ヶ崎?」
「…ん、あぁ、起こしたかい?」
声をかけると彼はふわりとこちらを見て微笑む。
いや、と否定し、ベッドから抜け出した。
「…珍しいな、朝は苦手な貴様が」
「どっちかってと、寝れなくなった、ってやつかねぇ」
普段は起こしに行ってもなかなか起きないカイコクにそう言ってやれば、彼はくすくすと笑う。
揺れる肩に薄い毛布をかけてやった。
「…」
「…薄着をしていると余計に眠れなくなるぞ、鬼ヶ崎」
「…ああ。そうだな」
少し悲しそうな笑顔を浮かべるカイコクがもどかしくて、手首を掴む。
何かを言おうとして言葉が出ず、白い息を吐いた。
「…忍霧?」
「…いや、すまない」
首を傾げるカイコクから手を離し、ランニングにでもと踵を返そうとした…その時である。
カイコクの綺麗な指先が、ザクロの袖を掴んだ。
くい、と引かれる感覚に思わず振り向く。
見上げた彼は綺麗な笑みを浮かべていて。
息を呑むザクロにカイコクが願いを紡いだ。
「…なあ、花見に付き合ってくんねぇか?」



花見と言われて春地帯にでも連れて行かれるのかと思いきや、着いたのは紅葉地帯であった。
何故ここに、と疑問を浮かべていたが広がった世界に目を見開く。
朝の、冷たい風に揺れる花の名は。
「…秋桜、か?」
「…ご名答」
にこっと笑ったカイコクがちょいちょいと手招きする。
呼ばれるままに足を運べば、その場に座るように指示された。
不思議には思ったが、敢えて何も聞かず、言われたようにする。
「…よっと」
「…おい、鬼ヶ崎!」
自分より大きな体躯の彼がぽすりと収まった。
それに思わず声を荒げるがカイコクは気にした様子でもない。
大きな猫のようだな、なんてぼんやりと思った。
「…綺麗、だろ?」
「…」
「…忍霧、にも…見せて、やりたくて」
ふや、と普段の彼より幼く微笑むから、ザクロはただ、そうだな、とだけ返す。
「…あそこ、黒い秋桜があるだろ」
「…ああ」
「…あれは俺なのかと、少し思ったり…して…な…」
小さな声でカイコクが言った。
黒の秋桜。
初めて見るそれは、彼に似ていると言われればそんな気もする。
だが。
「…貴様は、甘いものは苦手だろう」
「…?そう、だねェ…?」
「黒い秋桜は別名チョコレートコスモスというらしい。甘いものが苦手なのにチョコレートコスモスはどうかと俺は思うが…鬼ヶ崎?」
ザクロのそれにポカンとしていたカイコクがやがてくすくすと笑う。
「なっ、何故笑うんだ…?」
「…や、何でもねェよ」
綺麗に笑う彼が小さく欠伸をした。
何かリラックスしたようで今更眠気がきたらしい。
暫くしてすうすうという寝息が聞こえてきた。
以前は背中を見せるのも寝顔を見せるのも拒んでいたのに、とほんの少し嬉しくなる。
…これが、ザクロだから、だともっと嬉しいのだけれど。

世界が東雲色に染まる。
彼の寝顔も、秋桜も。

指先を取り、マスク越しに口付ける。
カイコクが…暖かく眠れますように、とそっと願いを込めて。


「鬼ヶ崎、そろそろ起きないか、鬼ヶ崎!」
「…んぅ…後、5分…」
「そう言って何分経っていると…!!」
(ザクロの声が響くまで、まだもう少し)

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