甘やかせ隊の話

「…なあ、こんなトコでいいのか?」
彰人が頬杖を付いてそう聞いた。
そうだぞー?と言うのは司で。
「学校の音楽室、なんていつでも行けるじゃないか。本当に冬弥は欲が無いというか何というか」
「…センパイとは大違いッスね」
「そうそう、オレとは大違い…ってなにおぅ?!」
彰人のサラッとした毒に司がノリツッコミする。
それを、別にーと躱そうとする彰人。
…割といつもの光景である。
「…彰人」
それに、困った顔と声で窘めるのは件の彼、冬弥だ。
口数がそれほど多くない冬弥がどうしようかと思っているのが見て取れて、彰人は小さくため息を吐いた。
「わーったよ。んで?なんで音楽室なんだ?」
ひらひらと手を振り、彰人は改めてそう聞く。
何処か行きたい場所に、という二人に冬弥が指定したのが此処、学校の音楽室だったのだ。
机の上には彰人が買ってきたコーヒーと司が作ったクッキーがある。
女子が教室でよくやるやつだよなぁと彰人はぼんやりと思った。
「…音楽室でなくても良かったんだが」
「だが?」
「冬弥。自分の想いは口にしないと相手に伝わらないぞ?」
促す彰人に、司も重ねて聞く。
少し考えていた冬弥が小さく口を開いた。
「…好きな菓子と好きな飲み物、それから彰人と司先輩…それだけ揃えば充分だな、と。欲を言えば、彰人と歌えて司先輩とピアノが弾ければ…俺は、幸せだと…思って」
ほわ、と表情を緩める冬弥に彰人と司は顔を見合わせはぁあ、とため息を吐き出す。
冬弥が音楽を神聖なものと扱うよう指導されてきたのは知っていた。
それを楽しめるようにしたのは司で、武器だと認めたのは彰人だ。
そんな冬弥が二人と音楽を楽しめることが幸せだという。
「…あー、もしもし?咲希か?今日の約束なんだが…」
「あ、絵名?わりぃ、今日のパンケーキパス」
「…っ、あの」
無言で身内に電話をし始めた二人に冬弥が焦った声を出した。
何か悪いことでもと思っているであろう冬弥の方を向く。
彼は真面目だから、我儘なんて言ったこともないのだろう。
…ならば。
「「今日はトコトン甘やかすって決めたんだ」」
電話のそれがユニゾンする。
え、と目を見開く冬弥に手が伸ばされた。
「あんな可愛い顔で言われたら最大限甘やかしてやんねーとなぁ?…ッスよね、司センパイ?」
「うむ。オレの可愛い後輩がそれを望んでいるのなら全力を尽くさねばな!」

戸惑った様子の冬弥に彰人と司が笑う。
甘え下手な彼が見せたわがままを、叶えてやらねばと、手を引いた。

「「今日のオレたちは、冬弥を存分に甘やかせ隊!」」

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