夢に続きを(彰冬)

ちょっと和音が不協だって良いんじゃない?

正解がどの音か、なんて誰もわからないんだから。


その日、彰人はイライラしていた。
理由は簡単、相棒の冬弥が隣にいないから。
用事ならば仕方が無いと思うが…と。
「やっほー、彰人!」
「…レン」
明るい声で挨拶してくるのはバーチャルシンガーのレンだ。
少年ぽさが残る彼が、どうしたの?と覗き込んでくる。
どうせ何もすることはない、と気分転換に話すことにした。
「…なあ、レンはさ、相棒…リンが他のやつと喋ってたりしたらどう思う?」
「どうって?」
「あー…嬉しいとか、ムカつく、とか?」
不思議そうな目で聞くレンにそう答えれば、彼はあははと笑う。
「リンに対してはどっちも思ったこと無いよー!オレ以外と仲良くしてもどうも思わないもん。リンだってあんなだけど女子じゃん?男のオレより女同士の話もあるだろうし。別に彰人や冬弥と話してても何とも思わないけどね」
軽いレンに、普通はそうだよな、と思いながら、その言葉の端が気になった。
「…リンに対しては?」
「うん。あ、MEIKOやミクにも思ったこと無いよ!」
「は?んじゃあ他誰に…」
レンの言葉に首をひねっていれば、彼は少年らしからぬ笑みを浮かべる。
こっち、と手招きされた先は、誰もいないような路地の奥、セカイにこんな場所があったのかとゾッとするような寂れた建物だった。
「…知ってる?彰人」
「あ?何を…」
聞き返そうとした彰人に、レンがくるりと振り返って笑う。
…この少年はこんな風に笑っただろうか。
「…セカイは、誰かの想いで出来てる。…こんな場所を作ったのは誰の想いだろうね?」
くすくすと笑うレンがキィ、と扉を開いた。
レン?と響くのは確か青い髪の…。
そこまで考えて、レンと視線が絡む。
少年は、可愛らしく笑いながら甘い言葉を、囁いた。
「誰にも取られたくないんならさ、閉じ込めちゃえば良いんだよ」


彰人、という柔らかい声がする。
振り向くと小さく走る冬弥がいた。
「すまない、遅くなった」
「んや。…行こーぜ。良い場所見つけたんだ」
「ああ」
息を整え、冬弥が頷く。
大丈夫だ、バレない…絶対に。
「…随分、奥に入るんだな」
「まーな」
路地裏に入り、もう使われていない映画館に入る。
ほう、と息を吐きだして中を見回している間に、鍵を…閉めた。
「…凄いな」
「だろ?ライブの会場もこんくらいだし。…練習しよーぜ」
「…分かった」
頷く彼が、ふと振り向く。
彰人?と響く、冬弥の声。
ぎゅっと、背後から抱き締め…ポケットに入っていた音楽プレーヤーを取り上げた。
…これがないと、現実世界に帰れないと知っていて、わざと。
「今は、要らねぇだろ」
「…だが」
「時間が分かんなくなるって?良いんじゃねーの、別に」
「…彰人…?」
ようやっと、冬弥がおかしいと眉を寄せる。
…何もかも、もう遅いのに。
「どうしたんだ?今日のお前は少しおかしい…」
「扉の鍵は閉まった。まあ出る必要もないけどな。…お前にはオレがいれば良い、だろ?」
「…」
「オレだけを見てろよ」
彰人、とほんの少し怯えたように名を呼ぶ冬弥に笑いかける。
…その表情は、歪だったろうか。
「オレが冬弥の全てを受け止めてやるから…このセカイの中だけは」
出来れば遠くに行かないでくれ、と。
抱き締めて懇願する。

充電が切れるまでの、僅かな時間だけ…オレに捕まえさせてくれないかと。

「…分かった」
「冬弥?」
「…受け止めてくれるんだろう?」
冬弥が微笑む。
壊れそうな、笑みで。
この『監禁』を受け入れてしまえば、救済は残されていないのに!
「…【出来るなら痛くしないで】」
彼が、いつか歌った歌詞をリフレインする。
だから、ああ、と頷き囁いた。
返事をしようとした冬弥の言葉ごと口付けて飲み込む。
チカチカとライトが不規則に光っては消えた。

お互いしか見えない…暗い映画館で二人きり。
音が小さく響く、セカイは夢に続きをもたらした。
さて、夢が現に戻るまで…残り時間は?

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