チヒシン/チヒカイ(チヒロバースデー)

「へぇ、11月11日なのかい」
ほんの少し驚いた声でカイコクが言う。
そーだけど、と答えたのはチヒロだ。
さて、何が11月11日かといえば、答えは簡単明快、チヒロの誕生日である。
その少し前に年齢の話になり、そこから互いの誕生日の話になったのであった。
祝ってもらえるような歳でなし、と渋っていたカイコクが、「お前さんはどうなんでェ」なんて聞くから答えただけだ。
それなのにこちらを見てにやにやしている。
何だろうかと見上げればカイコクはきれいな笑みを浮かべた。
何だか嫌な予感がして後退る。
野生の勘だけは鋭いチヒロのそれは、画して今回も当たっているようで。
「ピッタリの誕生日だねぇ、…ヒロ君?」
「はぁ?」
にこりと微笑まれるそれに、嫌な顔をしてみせる。
大体、カイコクのそんな含んだ言葉に良い意味なんてないのだ…絶対に。
「子犬みてェだもんな」
「なっ…!!なにぉお?!!」
ふ、と笑うカイコクのそれに数秒だけ理解が遅れた。
だがバカにされているのだけは分かったから噛み付いてみる。
しかし、子犬みたいとはなんだろうか。
落ち着きがない、脳直で反応する、可愛いおバカさん…とまあ自身に対する散々な評価が頭の中を巡る。
それを総じて子犬、だと言っているのだとは…思うのだけれど。
「ヒロはワンちゃんの日が誕生日なんだよねっ」
以前、サクラが言ったそれを思い出す。
はぁ?と返したチヒロに彼女は言ったのだ。
「11月11日、わんわんわんわんの日!ね?」
明るく笑ったサクラの言葉がリフレインする。
まさかそれか、と見上げればカイコクは少し悪い顔をしていて。
「お前にそれ言われるのはムカつくー!!!」
「うわっ、そういう所が子犬なんでェ…!」
きぃー!と怒れるチヒロにカイコクは嫌そうな顔をする。
「せっかく誕生日には祝ってやろうと思ったってぇのに」
「いらないに決まってるだろー!」
騒ぐ二人の声が地下に響きわたった。


「…やなこと思い出した」
うっかり思い出したそれにチヒロは嫌そうな顔をした。
「?」
不思議そうな表情をするのはシンヤである。
どうかした?と聞く彼から、誕生日を聞かれた際、一緒に記憶が蘇ったのだ。
別に蘇らなくても良かったのだが。
「…あの」
「あ!えっと、オレの誕生日は11月11日だ!」
「…。…じゃあ、少し前に誕生日…だったんだね」
不安そうなシンヤにブイサインを出す。
ニコ、と彼が微笑みながら言ったそれに、マジか、と思った。
この地下では日付がわからない。
日付が、というよりもそもそも一日の始まりと終わりが分からないのだ。
これが一人であれば発狂もしそうなものだが、自分にはサクラもナナミもいる。
それなりの生活も出来ているからそこまで苦ではなかった。
だが、自分の誕生日も過ぎていたとは。
「実感沸かないなー」
「…まあ、ゲームみたいな効果音とか、鳴らないし…」
グッパと手を握ったり開いたりしているとシンヤが笑む。
面白い表現をする人だなぁと思った。
「誕生日。…俺も、ゾロ目だよ」
「…え」
「お揃いだね」
ふわ、とシンヤが笑む。
その笑顔に一瞬ドキッとしていれば、彼は何かをチヒロに手渡してきた。
「…俺のおやつだったから申し訳ないけど…どうぞ」
「…ポッキー?」
「うん。…嫌い?」
こてりと首を傾げるシンヤの、綺麗な髪がさらりと揺れる。
「ううん!スキ!ありがとな」
笑うチヒロに、シンヤも僅かに微笑んだ。
良い人だなぁ、と思う。
そして、それ以上に。
「…全然、違うんだなぁ」
「え?」
ぽつりと呟いたそれは彼にも届いていたようで、不思議そうな顔をするから首を振る。
何でもない!と返し、駆け出した。

同じ大学生で、同じ黒髪で、同じように笑うのに。
カイコクとシンヤは全く違う。
そうして、そのどちらもにドキドキするのだ。

(さて、そのドキドキは何とやら?

誕生日を迎えても尚、彼が知るのはまだ早い!)

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