おねだり類冬続き

唇を離すと彼は熱っぽい目で見つめていた。
そんな彼が綺麗だと思う。

雨はまだ、やまない。

「…ぅ、ふ…」
「…」
冬弥の手がぎゅっと類の服を掴む。
目元は真っ赤に染まり、今にも泣き出しそうだ。
するりと手を彼の太腿に滑らせればひくりと喉が戦慄く。
はて、これをどう見るべきだろうか。
「…先輩?」
綺麗な冬弥の声が降ってくる。
作業台に上げられた彼は、やはり、どう見たとて…怯えた様相を、していた。
「あの、類…先輩?」
「…実験はここまでにしよう。良いね?」
ちゅ、と持ち上げた太腿に口付け、類はそう囁く。
目を見開くのは冬弥の方だ。
なんで、と小さな声が響く。
「…待ってください。俺は、平気です。だから…」
「君は今、自分が思っているより酷い顔をしているよ。…おいで」
縋ろうとする冬弥に手を伸ばした。
それを取ろうか迷う彼に、類は笑って手を引っ込める。
飲み物を取ってくる、と踵を返した途端だった。
慌てて作業台から降りたのだろう冬弥が類の背にぶつかる。
思わず蹈鞴を踏みかけ、なんとか踏み止まった。
「…冬弥くん?」
「…。…先輩は…俺を」
「好きだよ。だからこそ、そんな顔はして欲しくない」
「…え……」
振り向けば彼が悲しそうな顔をしていたからくすりと笑う。
その瞬間、冬弥がバッと顔を上げた。
「フフ、君も、僕を非道な錬金術師だと思っていたのかな?」
「…!ちがっ…います…!」
「なら良かった」
くるりと振り向き、酷く怯えた様子の彼を抱きしめる。
「僕はね、存外君を大切にしたいんだよ。…君に、あの人形を貰った日から」
優しく笑いかけると冬弥も何か気付いた顔をした。
視線がスイと違う方にずれる。
そこには、場違いのぬいぐるみが…置いてあった。



「…まぁた冬弥はんなもんを…」
「…取ってしまったものは仕方ない」
昼休み、自教室に戻ろうとしていた類は二人の2年生を認め、おや、と思った。
呆れた顔をするのは彰人、それに困った顔で答えたのは冬弥だ。
腕には何やら大きなぬいぐるみが抱かれている。
「やあ、君たち」
「…げっ」
「…。…神代先輩」
少し気になったのもあり、類は笑顔で近付いた。
嫌な顔をする彰人は置いておいて、冬弥の持つ青色の猫のぬいぐるみに目をやる。
「青柳くん、だったかな。それは如何したんだい?」
「…。…ゲームセンターで取ったんです。家に置き場がないので、彰人か司先輩に受け取ってもらおうかと」
「…おい」
彼の協力ありきで考える冬弥に、彰人が小さくツッコミを入れた。
「ほう。君にはそんな趣味が…?」
「…んな訳ないっしょ。姉がいるんスよ」
「…司先輩にも妹さんがいるのでどちらかに引取ってもらえたらと…」
大変嫌そうに言う彰人と、それを補完するように言葉を添える冬弥になるほど、と思う。
ひょいとそれを取り上げた。
「…あの…?」
「この子、僕にくれないかな?」
「…良い、ですけど」
「フフ、ありがとう。青柳くん」
にこっと笑って見せれば冬弥も柔らかく目を細める。
こんな顔をするのだと、思った。
「…大切に、してやってください」


「あれからとても大切にしているんだよ。…ねぇ、ユキ?」
笑って持ち上げたぬいぐるみにキスをしてみせる。
冬弥を思い出させる、青い猫。
「この子を引き取った日に決めたんだ。僕は君を…ユキよりも大切に、大切に愛すると、ね」
「…先輩」
「実験なんて言葉で誤魔化さないで、君が晴れて図書室のお人形さんを辞める日…つまり、君が卒業したら、その時は」
小さく笑って冬弥の濡れそぼった髪を持ち上げた。
「君を愛してあげよう」
「…」
「まずは、僕を名前で呼ぶ事に慣れてもらわないと、ね」
パチリとウインクをすれば彼は慌てた様子を見せる。
まさか、名前で呼ぶことに戸惑っていると、バレているとは思っていなかったようだ。
「…!あの」
「フフ。まだ無理をしなくて良いさ」
「…すみません。…神代先輩」
「二人きりの時には、呼んでほしいけれどね」
にこりと笑って、ユキと名付けたぬいぐるみを窓辺に戻す。
ぬいぐるみの頭を撫で、さて、と冬弥に向き直った。
「何か温かいものを淹れようか。何が良いかな」
「…あの」
もじ、と冬弥が類を見上げる。
何だろうと思っていれば彼はゆっくり首を傾げた。
「…俺には、してくれないんですか?」
「うん?」
「…ちゅー…してくれないんですか…?」
冬弥がそう言う。
ああ、と類は金の目を細めた。

決めたのだ。
冬弥を、大切にする、と。
大切に…【愛する】、と。

「お望みならしてあげよう。…存外欲しがりな、図書室のお人形さん?」
ちゅ、と軽く口付ける。
雨粒のように溶けた瞳が、深くなる口付けと共に閉じられた。


(錬金術師は、恋を知る

綺麗な人形は、愛を識る


…これは、恋愛をシラナイ、錬金術師と綺麗な人形の物語)

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