不穏系類冬

「やあ、冬弥くん」
「…。…神代先輩」
図書室で見かけた彼に近づき、手を挙げる。
それに、冬弥もふわりとした笑みを浮かべた。
「久しぶりだねぇ。ここで会うのは…文化祭の前以来かな?」
「…そうですね。俺も委員の仕事があるのは久しぶりです」
類のそれに冬弥も乗ってくれる。
こうして彼がいる図書室で雑談をするのは存外楽しかったのだ。
「ねぇ、冬弥くん。君は空想の街というのを知っているかな?」
「…空想の街、ですか?」
首を傾げる冬弥に、そうだとも、と類は笑う。
「小説をよく読む君なら知っていると思ったのだけれど。空中庭園とか深海都市とかね」
「なるほど。それなら知っています。空想の街を舞台にした物語の話、ですね。いくつか読んだことがあります」
「…君ならどちらに行きたい?」
笑みを見せる冬弥に、類は問いかけた。
空想の話だ。
海か、空か。
下らない話だと思う。
だから、気軽に答えて良いよ、と言いかけ…目を伏せる彼に類は少し驚いたのだ。
冬弥は真面目だ。
それは知っている。
だからって。
「…そんなに真面目に考えなくても良いんだよ?」
「…そう、なんですか?」
「勿論。…君が海が好きか、空が好きかというだけの話さ」
「…そう、ですか」
類のそれに冬弥は寂しそうに笑みを浮かべる。
そうして、「俺は高い所が苦手なのでどちらかといえば海でしょうか」と言った。
だが、それは。
「…それは、君の本当の答えかい?」
「…え?」
きょとんとする冬弥に笑みを浮かべ、そっとその首に手をかける。
「…せん、ぱい?」
「君は、本当にいく事を…望んでいるのかな?」
「…!」
類のそれに冬弥は驚いたように目を見開いた。
「…冬弥くん?」
「…ちが、うんです」
「違う?あんなに迷っていたのに?」
「…。…空は、俺にとってはヒーローが手を差し伸べてくれる場所、なんです。眩しくて、目を伏せたくなるような」
小さく吐露する冬弥に、そのヒーローが誰かを聞きかけ…類は口を噤む。
それを聞くのは藪蛇だろう。
「…海が綺麗なだけではないことは知っています。だからこそ、堕ちてみたいと思いました」
「…。…僕がこのまま手に力を込めれば君は空に行けるかもしれないよ?」
微笑むと冬弥は少し考える素振りをし、そっとその手を類に添えてきた。
「…俺は、海に行きたいです。…神代先輩と共に」
「…僕と?」
予想外の言葉に類は金の目を驚きに染める。
「先輩は海の方が好きなのかと…。…違いましたか?」
「…ふふ。面白い子だねぇ、君は」
純粋な目で見つめる冬弥に類はくすくすと笑った。
確かに類は空に…天国に逝くよりも海へ身を投じる方を望んでいる。
だがまさかそれを冬弥に見破られるなんて。
「…なら、海に行こうか。いつか、共に」
「…はい」
首から手を離し、添えられていた冬弥のそれに口付けた。
それはまるでプロポーズのようで。
嬉しそうに笑む冬弥は…大層美しかった。


海へ行こう。

空想噺の、当の無い仮約束。

二人だけの秘蜜のそれは…ミルククラウンのように形造り、何事も無かったように失くなった。

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