ワンドロ隔週/離別・ピアノ

「…?冬弥?」
自分の教室から図書室に行くまでの道、音楽室があるそこを歩いている彰人はふと中にいる人物に目を留めた。
ふわり、冬の夕暮れに髪を揺らし、愛おしそうな目でピアノを撫でているのは、彰人の相棒である冬弥だ。
何をしているのだろう、と思う前に身体が動く。
彼がこのまま何処かへ消えてしまいそうで。
「冬弥!」
「…彰人?」
彰人の声にこちらを向き、首を傾げる。
いつもの彼だと安堵の息を吐いた。
「…何、してんだよ」
「…ああ。…俺は、ピアノが…クラシックが好きなんだと…思ってな」
軽く微笑む冬弥に眉を顰める。
彼はクラシックが、もっと言えば父親にやらされていたクラシックが大嫌いだったはずなのだ。
この前、父親と話をし、自分の思いに決着をつけたらしい…のだが。
「確かに俺は父さんが大嫌いだった。小さい頃の俺をピアノとバイオリンに縛り付けて、俺から自由を奪った、父さんが」
「…」
「…だが、クラシックそのものは、きっと好きだったんだ」
そこまで言った冬弥が綺麗に笑む。
夕陽に照らされたそれは美しく、いつか聴いたピアノの音色の如く儚く…見えた。
「…彰人が、教えてくれた」
「…?オレが?」
「ああ。本当に嫌なら音楽から離れるはずだ、と。だから、気づいたんだ。…俺は、本当はクラシックが好きなんだ。父さんのピアノも、父さんが愛した音楽も」
「…。…だからって、全部許せるわけじゃねぇだろ」
「当たり前だ。俺が好きなのはクラシックそのものだからな。…ピアノやバイオリンはまだ弾けない。音を出すことは出来るかもしれないが、それだけだ」
少し寂しそうな表情をした後、冬弥がくすりと笑う。
「それに、ピアノやバイオリンよりも、彰人と歌う音楽のほうが、愛おしくなってしまったからな」
「…なんだ、それ」
冬弥のそれに彰人は笑みを漏らした。
共に歌う音楽が愛おしいと思っているのが、自分だけだと…思っているのだろうか。
「なら、さっさと練習しに行こうぜ。…愛しの相棒」
「…ああ」
手を伸ばす彰人に、冬弥は綺麗な手を重ねる。
その手を掴み、ぐい、と引っ張った。
音楽室を出る直前、どちらのものか分からない離別の声が夕暮れに溶ける。

(それは果たしてどちらのものだった?)


「…さようなら、 」

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