ワンドロ/おはよう・無防備

ぱあ、と眼前が白くなる。
と、と地に足を付け顔を前に向ければいつものセカイが広がった。
先に行っている、とメッセージを確認し、スマホをポケットに仕舞い込む。
今日はバイトが長引き、セカイに行くのが遅くなってしまった。
知らず、駆け足になる彰人に、声をかけたのはバーチャルシンガーの鏡音リンだ。
「やっほー、彰人くん!」
「…リン」
「今日は随分遅かったんだね!冬弥くん、待ちくたびれてたよー?」
無邪気に笑うリンがそんな事を言う。
言葉以上の意味を感じ、彰人は首を傾げた。
「…冬弥、なんかあったのか」
「ふっふー、行ってみてのお楽しみ!」
ブイサインを出すリンに疑問符を浮かべながら、彰人は駆け出す。
リンの言い方的には大変なことにはなっていなさそうだが。
「ちわっす、冬弥ぁ、待たせー…」
カフェのドアを開け、声をかければ中にいたMEIKOがしぃ、と指を口の前に立てる。
目線の先を見れば冬弥が机に突っ伏して眠っていた。
なるほど、待ちくたびれた、とは適切な言葉であったらしい。
「おーおー、無防備なこって」
すやすやと、少し幼い表情になった寝顔を晒す冬弥に彰人は複雑になりながら息を吐く。
随分疲れていたのか、この場所が安心出来るからなのか。
「ふふ、起きたら呼んでね。珈琲でも淹れるわ」
「あ、どうも」
手を振るMEIKOに軽く会釈し、彰人は冬弥に向き直る。
ぐっすり眠る冬弥は見惚れるほどに無防備だ。
MEIKOのカフェだから兎も角、他の場所ではこんな無防備な顔を晒すのは辞めてほしい。
無防備なのは顔だけではなく、日に照らされた白い首筋もさらりと揺らぐツートンカラーの髪も…今の彼全てだ。
まあ冬弥は普段から無防備ではあるが…それは置いといて。
見ているだけではつまらなくなり、指を伸ばしかけ…やめた。
起こすのはなかなか忍びない。
…と。
「…ん、ぅ……」
ぽやり、と灰鼠色の瞳がゆったりと開いた。
涙に濡れたそれがオレンジに染まる。
「…あき、と……?」
少し掠れた声に彰人は笑いかけた。
この顔が見れるのは相棒の特権なのだろう、なんて思いながら。
夢から醒めた彼に、かける言葉を。

「おはよう、冬弥」

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