同棲類冬 名前呼び 罰ゲーム

「おはようございます、神代先輩!」
冬弥の眩しい声が朝日と共に降ってくる。
「…おはよう、冬弥くん。…そろそろ慣れてほしいんだけどね…?」
「…。…あ」
じっとりとした類のそれに、冬弥はややあってから気づいたように声を上げた。
「…すいません、あの…類、さん」
彼の恥ずかしそうな声にまあ良いかと思う。
…そしてそのまま3ヶ月。


「…冬弥くん?」
「…」
ムスッとした類に冬弥も困った顔を浮かべていて。
彼と同棲するようになって、約束をいくつか取り決めた。
朝は早く起きた方が朝食の準備、夜は早く帰ってきた方が夕食の準備、その他の洗濯や軽い掃除は冬弥が、代わりに大型家具の設置や機械関係は類が担当する、予定は互いに報告すること。
それらの約束は、3ヶ月経て破られることも無く順調だったのだ。
…ただ、一つの約束を除いて。
「…僕はもう君の先輩じゃない。だから名前で呼んでほしい…何故、その約束は守ってくれないのかな」
「…すみません…」
「…謝って欲しいわけじゃないんだけど」
心底申し訳なさそうにする冬弥に類も眉を下げる。
別に怒っている訳でないのだ。
慣れないのも恥ずかしいのも良く分かるから。
だが、これでは良くない。
暫く考え、そうだ!と類は声を上げた。
「今後、二人きりの時神代先輩と呼んだら罰ゲームにしよう。良いかい?」
「…罰ゲーム、ですか」
「そう。例えば…君の耳元で囁く、とかね」
こんなふうに、と首を傾げていた冬弥の耳に口を寄せる。
そして。
「…冬弥」
「…?!!!!」
低く囁やけば、彼は驚いた様にこちらを見、口をぱくぱくさせた。
ほんのり染まる頬ににこりと微笑みかける。
「これなら、気を付けるだろう?」
「…そう、ですね」
少し悔しそうな冬弥が同意し、こうして罰ゲーム有りの生活が始まった。


「ただいま」
「お帰りなさい、神代先…あっ」
「…また呼んでしまったね?…冬弥」
口を抑える彼に低く囁く。
罰ゲーム有りになってから改善するかと思いきやあまり変化は見られなかった。
寧ろ酷くなった気がしてため息を吐く。
「…君は賢いはずだろう?もう少し気をつけても良い気がするけど」
「…」
もじもじするばかりの冬弥に悩みながら類は天井を見上げた。
確かにこの顔は可愛いけれど、いつまで経っても『神代先輩』なのは頂けない。
何か他の手を、と考え、ならば、と笑みを浮かべた。
「僕が名前を呼ばない、というのはどうだろう」
「…ぇ?」
「名前を呼ぶからプレッシャーになるなら、神代先輩と呼ばれた日は冬弥くんの名前を呼ばないというのが道理かと…」
我ながら良い案だと紡いでいれば彼が抱きついてくる。
冬弥からの珍しいスキンシップに類は目を丸くした。
頭を撫でそうになって手を彷徨わせる。
「ええと、冬弥くん?」
「…いや、です」 
ぎゅ、と抱きつきながら小さな声で言うから、類はほとほと困ってしまった。
まさかそんな事を言われるなんて!
「…俺、先輩がたくさん名前で呼んでくれたの嬉しくて。先輩の声が俺の名を紡ぐの、好きなんです。だからやめないで下さい」
「…そうだねぇ」
「…お願いします、…類、さん」
うる、とした目が類を見上げる。
…全く、どこで覚えてきたのやら。
「…分かった。暫く罰ゲームはなしにしよう。徐々に慣れていくと良い。…その分」
「…え、わっ?!」
「…呼ばなかった分、夜は覚悟しておくんだよ?…冬弥」
彼を抱き上げ、触れるだけのキスを落とす。


名前で呼べない冬弥が、名前で呼べるようになるまで…数週間後のお話。

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