ワンドロ/結婚・指輪

明日はバレンタインだ。
それに気が付いたのは、絵名と共に来たパンケーキ屋がバレンタインフェアを行っていたからである。
「そういえば、知ってる?」
「あ?何を」
くるくると飲み物に付いていたストローを弄びながら問いかける絵名に、彰人は首を傾げた。
「バウムクーヘンって、幸せを重ねて長く共にいられますように、って意味があるんだって」
「…へぇ。結婚式の引き出物ってイメージあるけど、そーいう意味があるんだな」
特に何の意味もなくそう返す。
それがつい数時間前の話だった。


己の手の先、バウムクーヘンが入った袋が揺れる。
まさかコーヒー味のバウムクーヘンを見つけ、衝動買いする羽目になろうとは。
数時間前の自分は知らないだろうなぁと息を吐く。
存外ロマンチシスト思考だったのだなあとぼんやり思いながら、待ち合わせ場所でもあるベンチに腰掛けた。
杏やこはねは今日は用事だと言っていたから、久々な二人だけの練習に浮かれていたのかもしれない。
「…遅れてすまない」
「…おー」
ひょこりと顔を出した彼にひらりと手を振った。
今来たところだと告げれば冬弥は柔らかく笑む。
「んじゃ、練習行くか」
「ああ。…そうだ」
立ち上がった彰人に、冬弥が何かを思い出したかのように袋を手渡してきた。
「来る途中でドーナッツが売っていたんだ。…彰人はチーズケーキの方が嬉しいだろうが…一緒に食べないか?」
「冬弥がくれるんだったら何でも嬉しいぜ。…ありがとな」
袋を受け取り、今のタイミングか、と彰人も自分が買ってきたバウムクーヘンの袋を持ち上げる。
「オレも、バウムクーヘン買ってきた。練習終わったら飲み物買って一緒に食おうぜ」
「ああ。…ありがとう、彰人」
渡したそれを受け取り、冬弥がふわりと笑んだ。
偶然にも二人揃って輪っか状の物を買ってきたな、と思っていれば隣で冬弥がくすくすと笑う。
珍しいな、と、如何かしたのかと問うた。
「…いや…。…さっき、結婚式場のCMが流れていたのを思い出してな」
「?おう」
「俺達が交換したのも、どちらもリング状だろう?…まるで結婚式のようだな、と」
ふわふわと笑う冬弥に、何を突飛な、と思いながらも、彼もまた存外ロマンチストだなぁと笑う。
「なんだ、それ。…随分でけぇ結婚指輪だな?」
「…そうだな」
楽しそうな冬弥に、まあ良いかと肩を竦めた。
輝く指輪でないかもしれない。
でも、彼が楽しそうに笑っているなら、それで。
「そのCMでも同じ事を言っていた」
「…あ?」
「一方が友だちの結婚式でバウムクーヘンを貰うんだ。そうしたら、もう一方が貰った袋を取り上げて、『バウムクーヘンの代わりに貰ってください』とドーナッツの箱を渡すんだが、その中に指輪の箱が入っていてな。『随分、大きな結婚指輪かと思った』と」
「…。…分かりにくいプロポーズだよな、それ」
「…確かに、そうだな」
ふふ、と冬弥が微笑む。
「CMは、バウムクーヘンとドーナッツに込められた意味を貴方と永遠に共に分かち合いたいのです、と締めくくられていた」
「…ふぅん。…ドーナッツにも何か意味が…?」
はたと気付く彰人に冬弥が楽しそうに笑った。
それだけで、彼がその意味を知っていてドーナッツを買ってきた事を知る。
「おい、冬弥!ドーナッツの意味って…!」
「…さあ、な」
柔らかい笑みを浮かべる冬弥に彰人は言葉を引っ込めた。
ズルい、と思いながら眩しい彼を見つめる。

バウムクーヘンの意味は幸せを重ねて長く共にいられますように
ならドーナッツに込められたその意味は?

(それを知るのはその数時間後!)

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