司冬バレンタイン

「司先輩。俺にカップケーキの作り方を教えてもらえないでしょうか」
突然そう言ったのは司にとって可愛い後輩でもある、冬弥だ。
珍しいなぁと思いながら、「勿論だとも!」と笑った。
冬弥とて、好きな人くらいはいるだろう。
…少し胸が痛むのはなぜだろうか。
ふるりと首を振ってからニッと笑いかけた。
「今日はショーもない。咲希はバンドがあると言っていたから…うちでやるか?」
「…ありがとう御座います、助かります」
ふわ、と冬弥が笑む。
彼の好きな人もこの笑顔を見ているのだろうなぁとぼんやり、思った。



カチャカチャと金属音が響き渡る。
「そうそう、上手いぞ、冬弥!!」
「…ありがとう御座います」
粉と溶かしたチョコを混ぜ合わせる冬弥を褒めながら、司はふと思ったことを聞いてみることにした。
「そういえば、何故カップケーキなんだ?冬弥はクッキーが好きなのだから、クッキーにすれば良いものを」
「…クッキーには、友達でいよう、という意味があるそうです。俺は、好意を伝えたいので、カップケーキの方が良いかな、と」
「…。なるほどな。カップケーキにはどんな意味があるんだ?」
「貴方は特別な存在、です」
少しはにかむ冬弥は大変可愛らしい。
と、同時に胸が痛くなった。
だが何でもない振りをし、気持ちが届くと良いな!と笑う。
可愛い後輩の恋路は、きちんと祝ってやらなくては。

「…出来た」
最後の飾り付けを終え、冬弥はホッと息を吐く。
デコレーションがなされたカップケーキはとても美味しそうに見えた。
「…上手いな、冬弥。これなんて売っている物のようだ」
「…ありがとう御座います。司先輩が優しく教えてくださったので…」
「ハッハッハ!そうだろうそうだろう!何せ、このスターたるオレが!教えたのだからな!」
ドヤ顔で胸を張れば冬弥も嬉しそうに笑う。
「…司先輩」
「む、どうした、冬弥!」
一つ、司が褒めたそれ…大きな星型のチョコが乗ったものだ…を持ち上げ、冬弥がおずおずと差し出してくる。
「貰っていただけますか?」
「…へ?」
予想外の言葉にポカンとしていれば冬弥が小さく微笑んだ。
「本当は一人で作りたかったのですが…司先輩が作るものに間違いはないですから」
「それはそうだが…。…何故、オレに?残りをくれるならともかく、一番良い出来のものだぞ?」
「…?…今日が、バレンタインだからです」
「ん???」
冬弥の返答に司は首を傾げる。
彼は好意を伝えたい、と言った。
普通なら良い出来の物を伝えたい相手に渡すだろう。
しかし、作るのを手伝ったくらいで一番良い出来のものを渡すだろうか。
まあ冬弥ならやりかねないが…そうでないなら。
「…冬弥…好意を伝えたい相手とは」
「…。…やはり、やめて…」
「待て待て待て!!…ありがとう、冬弥。すごく嬉しい」
しゅんとしてカップケーキを引っ込めようとする彼を引き止める。
両手で冬弥の手を包み、笑って見せれば彼はホッとした顔をした。
「…それで?」
「…え?」
「食べさせてはくれないのか?」
じぃ、と見れば冬弥は少し動揺したようにこちらを見る。
珍しい彼に笑いながら、司は口付けた。

甘い甘いバレンタイン。

カップケーキも作った本人も司に食べられてしまうのは…また別のお話。

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