同棲することを決めた類冬の話

「ねぇねぇ、類くん!!」
いやっほい!といつも元気なえむが話しかけてきて、類はにこりと微笑む。
数年経っても彼女の元気さはピカイチで、微笑ましいとさえ思った。
「どうしたんだい?えむくん」
「あのねあのね!類くんって、今一緒に暮らしてる子がいるでしょ?どうやって一緒に暮らそーってなったのかなーって!」
「うん?」
「冬弥くん、だっけ!一緒に暮らし始めてから類くん、はぴはぴオーラがいーっぱいだから、いいなぁって!でも、一緒に暮らそーってなった話とか聞いたことないから…およ?」
無邪気に話していたえむが誰かに手を引かれる。
そこには真顔で首を振る司と寧々の姿があった。
「…地雷を踏んだな、えむ」
「どっちかというとスイッチでしょ、あれ」
「え、もしかしてダメだった…?」
ひそひそと話し合う三人に類は気にも留めない。
がしりとえむの手を握りニコリと笑った。
「聞きたいかい、えむくん!そう、あれは2年前、僕の卒業式前夜…」



春の風が吹く、暖かい日だった。
卒業式なんて類にとってはただの1行事、通過点でしかない。
だが、この学校を去るのが名残惜しいな、と思うのはある理由があった。
「…冬弥くん」
「…神代先輩…」
図書室に行くとカウンターにいた冬弥が表情を柔らかくさせる。
嬉しそうなことが見ただけで窺え、可愛いな、と思った。
「やぁ。こんな日まで図書委員かい?」
「いえ。…俺が、変わってもらったんです」
「?わざわざ?」
「はい…先輩に、会いたかったから」
ふわりと笑む冬弥に胸がきゅんきゅんとする。
何故こんなにも可愛らしいのだろう!
「ふふ、嬉しい事を言ってくれるねぇ」
「…それに、此処でこんな風に過ごせるのは…最後ですから」
少し寂しそうな冬弥を、思わず引き寄せた。
先輩?!と驚いた声の彼に類は思わず「最後にはしないさ」と告げる。
「…え?」
「…ショーキャストもあるからね、フェニックスワンダーランドの近くにアパートを借りるつもりなんだ。是非、遊びに来ると良い」
「…はい」
驚いた表情の彼がふわりと笑った。
窓の外ではふわりと桜の花びらが舞い落ちる。
「…でもきっと、先輩のアパートに行ってしまったら…離れ難くなると思います。神代先輩の隣は…とても心地良いので」
「1年の辛抱だよ、冬弥くん」
「…そう、ですね。1年…。…?」
目を伏せていた冬弥が小さく首を傾げた。
何かに気付いたらしい。
クスリと笑った類は跪き、彼の手を持ち上げた。
「…1年後、君が卒業したら僕と共に暮らしてくれないか?冬弥くん」
「…っ!」
「僕は、君の笑顔を見ていたいんだよ…君の隣で」
微笑む類に冬弥が桜が咲くような笑みを浮かべる。
よろしくお願いします、という柔らかい声は、春の風に融けて消えた。


「…と、まあこれが僕と冬弥くんが一緒に暮らし始めた馴れ初めなんだけどね…」
「ほへぇ…!類くん、すっっごいロマンちっくだねぇ…!王子様みたい!」
「ふふ、ありがとう。えむくん」
「…身内の恋愛譚を、割と定期的に聞かされる身にもなってほしいのだが…」
「…それは同感」
キラキラしたえむと、げっそりした司と寧々に類はにっこりと微笑んだ。
…と。
類のスマホが音を立てる。
電話の相手は冬弥からで。
「失礼。…もしもし、冬弥くんかい?珍しいねぇ、如何かしたのかな…」
ウキウキと喋り出す類に他の3人が目配せをする。
「春だなぁ」
「春ねぇ」
「春、良いよねっ!あたし大好き!」
司と寧々のそれに、えむが無邪気に言った。
その声を聞きながら類も内心同意する。


春、君との思い出が詰まった幸せの季節!
(それは春夏秋冬いつだって!)

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