ワンドロ・ストレス/補給

その日、彰人はイライラしていた。
大した出来事があったわけではない。
姉である絵名と喧嘩しただとか、仲間と揉めただとか、そんな事ではなかった。
何の事はなく…水たまりに足を突っ込んだとかテストの点が芳しくなかったとか新商品であるコンビニのチーズケーキが売り切れていたとか、そういう小さなストレスの積み重ねが原因で。
一つ一つは小さいが、彰人にとってはイライラがピークになっていた。
舌打ちしてコンビニを出る。
糖分補給でもしてやり過ごそうかと思っていたのだが…余計にイライラが募る結果になった。
今のまま練習に行っても良い結果は出ない。
そんなことは分かっていた。
分かっていたのだが…どうにもムシャクシャする。
「…彰人?」
ふわ、と声がした。
顔を上げれば委員会で遅くなる、と言っていた冬弥が首を傾げていて。
不思議そうな彼に手を伸ばす。
「…っ、彰人…?」
「…わりぃ、冬弥補給させてくれ……」
「…。…別に、構わない」
抱き着き、彼の肩に顔を埋めればほんの少し嬉しそうな声が降ってくる。
おずおずと撫でられる手は不快ではなく、彰人は寧ろイライラがすぅっと引いていくのを感じた。
流石だな、と思う。
彼の手がこんなにも心地良いなんて。
「…彰人は、凄いな」
「…あ?」
と、不可思議な言葉が降ってきて思わず顔を上げた。
彰人の目に映るは、眩しげに眇められた冬弥の綺麗な目。
それだけで、温かな気持ちが湧いてくる。
「…彰人が触れているだけで…俺は、嬉しくなる」
「…なんだ、それ」
珍しく楽しそうな冬弥にまあ良いか、と彰人はまた彼の肩に顔を埋めた。
ニヤけた顔を隠すように。



ここが外だと彼らが気付くまで…長くは、ない。

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