類冬 学生恋愛

ふわりと風が吹く。
今までとは違い、少し暖かくなったそれに、類は思わず笑みを浮かべた。
「…神代先輩」
ベンチに座っていた冬弥がこちらを認め、慌てたように立ち上がる。
いいから、と笑みを向けて持っていたそれを手渡した。
「はい、冬弥くんのクレープ。いちごとコーヒークリームで良かったかな?」
「…はい、ありがとうございます」
柔らかく微笑む冬弥と共にベンチに座り直す。
「…あの、本当に……」
「うん、気にしないでくれ。僕が食べたかっただけだからね」
おずおずとこちらを見上げる冬弥に、類は笑って返した。
以前の帰り道、ふと見かけた車内販売のクレープ屋がどんなものか気になって偶然まだ教室に居た冬弥に声をかけたのである。
付いてきてもらったのだから、と代金は類が払ったのだが、冬弥はそれを気にしているようだった。
「言ったろう?君の時間を僕はこのクレープで買ったんだよ」
「…はい」
言いくるめるように笑みを向ければ冬弥もやっと納得したようで。
代わりに小さな笑みを浮かべた。
「…では、今度は俺が神代先輩の時間を買っても良いですか?」
「…!」
こてりと首を傾げる冬弥に思わず目を見張る。
それはつまり、次のデートがある、ということなのだが…期待して良いのだろうか。
「…君さえ良ければ、是非」
「…ありがとうございます」
類の答えにぽわりと冬弥が微笑んだ。
可愛いな、と思いながら類はクレープを一口齧る。
柔らかく口に広がる生クリームの味。
ふと隣を見れば冬弥の口の端にクリームが付いていた。
口が小さいのだろうと思いながら類は手を伸ばす。
「…冬弥くん」
「…?…は…ぃ…」
ふわりと彼の頬に触れた瞬間、手で取るという概念が吹き飛び、そのまま口を寄せた。
舌でクリームを舐め取って離れる。
「…付いてたよ」
「…ぁ、ありがとう…ございます…」
漸く口から出たそれは極々当たり前のそれで。
冬弥の小さな小さなお礼の言葉は、春風に流れて消えた。


彼と無自覚の放課後デート。


それを自覚するまで、春も待たないと言う事を…二人はまだ知らない。

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