司冬ワンライ・ボカロ曲

冬弥は本が好きな少年だった。

最初に冬弥に出会った日、彼は「本が、好きで」と言っていた。
なぜならそれが彼にとっての逃げ道であったから。
それを知ったオレは、冬弥の為に色々演じて魅せた。
ただし、オレが演じるのは既存の物語とは違う、所謂『物騙り』で。
チョークを片手にメリーポピンズは公園に行って帰らないし、服を無くしたピーターラビットはドワーフに紛れて帰れない。
夜更しを覚えたアリスは夢から戻っては来やしないし、グレーテルはヘンゼルを置き去りに逃げた。
だが、それがハッピーエンドではないと誰が決めたんだ?
ドワーフに紛れたピーターラビットも、グレーテルに置き去りにされたヘンゼルも、きっと幸せだったに違いないのだから!
「…司さんのお話は本とは違うけど…面白いです」
「そうだろうそうだろう!!」
ふわりと曖昧な笑みを浮かべる冬弥に、オレは自慢げに胸を張った。
妹よりリアクションは薄かったが、存分に楽しんでいてくれていたらしい冬弥にオレも嬉しかったのだ。
彼は、あまり感情を表には出さなかったから。
冬弥が喜んでくれる!とオレは張り切った。
…だから、気づかなかった。
改変した物語は、いつか齟齬を生むのだと。
全員が救われる、幸福終幕はないのだと。
オレは気づいてしまった。
(「だから言ったろう。お前にその夢はでかすぎるのだと」)
遠くから誰かが囁く。
…冬弥ではない。
オレが、知っている誰か。
頭を振って、冬弥から借りた本を閉じる。
改変しようとした、その本を。
ハッピーエンドの御伽話、夢は夢のままでよかったのだ。
物語の結末は一つだ。
作者の気持ちを考えない読者がどこにいる?
(「現実は無情なんだぞ、子どものオレ」)
その人物が言う。
聞こえるのは大人になったオレの声。
…現実を知った、大人の。

冬弥の家は音楽一家だ。
オレが繋がっているのも、ただただ知り合いの音楽家系だったから。
冬弥に友だちはいない。
作る必要がないと言われたからだ。
ピアノやバイオリンの稽古ばかりでロクに学校行事にも出ていなかった。
そんなのは間違っている。
だからオレは冬弥を連れて、逃げた。
冬弥が待っている、結末を変えるために。



結論から言えば、逃避行は数時間で終わってしまった。
親からは、「危ない遊びはしちゃ駄目よ」と言われたが、オレはそれ以上にショックを受けた。
逃げてしまえば、何かが変わると思ったのに。
不安げな冬弥から笑顔を引き出せると思ったのに。
オレの夢は、みんなが笑顔でいるショースターになるという夢は、夢のままだと『大人』のオレが囁く。

その時だ。

スーパースターが現れない、世界に気付いたのは。

「…オレが、作れば良いんだ」
小さくつぶやく。
スーパースターが現れない?
ならオレがスーパースターになれば良い。
…スーパースターが現れるセカイを、作れば良い。
…ただそれだけの話。

「…大人のオレはいらないな」
「…?司、さん?」
「何でもないぞ、冬弥!さあ、今日もショーを始めようではないか!」
首を傾げる冬弥ににっこりと笑ってオレは手を差し出した。
大人のオレには目もくれず。
だって、夢のたたみ方やキレイな羽の毟り方を教えてくれる『君』なんていらないだろう?
冬弥は、オレが護る(のモノな)のだから!


さあ、創ろう。

冬弥が、オレが救われるセカイを!!

いつも笑顔でいられるワンダーランドを!





自由が欲しくて本に逃げた少年は、スーパースターがさらって行ってしまいました。

物騙りはこれでお仕舞い。
めでたし、めでたし!

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