類冬ワンドロ・春一番/君の手

とある、春の日。
最近は随分暖かくなっていたが、今日に限ってとても寒かった。
羽織るものを持ってくるべきだったかと思う類の隣を歩いていた冬弥が寒そうに震える。
「冬弥くんも寒いのかな?」
「…はい。朝は暖かかったので…手袋を置いてきてしまいました」
「暦の上ではもう春だものねぇ。どうれ、僕が暖めてあげよう」
少し眉を寄せる冬弥にそう言い、類はひやりとした彼の手を取った。
そのまま両手で包み込む。
「君の手は冷たいねぇ。冷え性かい?」
「…今日は特別だと…わっ」
突然、びゅぅっと強い風が吹いた。
思わず、危ない!と冬弥の手を取る。
そのままぐっと引き寄せた。
…君の、その暖かくなった手が自分から離れないように。
「っ?!あ、の…先輩?」
「…。…どうしてかな、君が春一番に攫われてしまいそうな気がしてね」
不安そうに見上げる彼に、類は曖昧な笑顔を浮かべた。
特に意図があったわけではないから、そんな顔をさせても仕方がない。
出てきた言い訳も無茶苦茶で、何を言っているんだろうかと我に返った辺りで、腕の中の冬弥がくすくすと笑っているのに気がついた。
「…冬弥くん?」
首を傾げる類に、冬弥が柔らかい笑みを浮かべる。
その顔にどきりと胸が高まった。
「…俺はもう、とうに攫われてますよ。…先輩」

春一番が吹く。

その風は、冬の冷たさを春の暖かさに変える…それ。

「先輩の手は暖かいですね」
すり、と頬に寄せる冬弥は柔らかい笑みを浮かべていて。
まるで春風のような笑顔に類は思わず唇を寄せた。


春一番が吹く。

(冬はいつのまにか春に連れ去られる運命なのです!)

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