類冬ワンドロ・初めて/雪どけ

彼はあまり笑わない人だった。
「やぁ、冬弥くん」
カウンターにいる冬弥に手を振れば、彼はふっと読んでいたそれから顔を上げる。
「…神代、先輩」
「こんにちは。この間の本なのだけれど…」
話し出す類に、冬弥ははい、と頷きながら読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
類を見上げる表情に笑顔はない。
図書室のお人形さん、とは言い得て妙、といったところか。
流石に相棒である彰人や、幼馴染の司には笑顔を見せているようだが…それがなんだか悔しいな、と思うのだ。
確かに、類は学年も一つ上だし委員会が同じなわけでも、趣味である音楽が同じなわけでもないのだけれど。
だから、と言い訳するつもりもないが、類はせっせと図書室に通っては演劇の本を借りたりしているのだ。
お陰で少し仲良くなった、気がする。
「そういえば、知っているかい?今日はサン・ジョルディの日なんだそうだよ」
「…ああ。男性が女性にバラを、女性が男性に本を贈る日、でしたっけ。理由は諸説あるらしいですが」
「流石は冬弥くん。…では、男性が男性に贈りたい時はどうすれば良いのだろうね?」
「え?」
きょとりとする冬弥に、類は1本のバラが描かれた栞を差し出した。
「…これ、は…?」
「これが僕の答えだよ」
どうぞ、と微笑む類に、冬弥が放心したように「ありがとうございます」と言う。
そうして。
「…ふふっ」
「…!」
小さく肩を揺らす冬弥に、類はどきりと胸を高鳴らせた。
雪解けの如く柔らかい、冬弥の笑顔。
初めて見るそれに、類は心が暖かくなるのを感じた。
まるで、春の訪れのように。
「…そうか」
「え?」
類の小さな声に、冬弥は首を傾げる。
「…君はそんな風に笑うんだね」
「…。…不快、でしたか?」
「いいや。寧ろ、とても……」
こてりと不思議そうに首を傾けた冬弥に笑いながら言いかけて類は口を抑えた。
…今、何を言おうと?
「…?…神代先輩?」
「…何でもないよ、冬弥くん」
疑問符を浮かべる冬弥の髪をくしゃりと撫でる。
図書室の窓から春風が吹き、置いてあった雑誌のページが捲れた。
(それは、類が恋を自覚した、始まりの一ページ)

(君は知っているかい?一本のバラの花言葉を……)

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