冬弥誕生日

「…うわ、マジか」
「…これは…やらかしたね」
「…いや、やらかしたにも程があるだろ……」
放課後、とある教室で男子3人が頭を突き合わせ悩んでいた。
今日は愛しい人の誕生日。
それなのに何故こんなにも悩んでいるのか…それは少しに遡る。

さて、今ここにいるのは東雲彰人、神代類、天馬司の3人だ。
今日、5月25日は3人の想い人、青柳冬弥の誕生日で。
普段は変人ワンツーフィニッシュと呼ばれる司や類に近付きたがらない彰人から、「冬弥の誕生日をサプライズで祝いたいんスけど」と連絡したのである。
難航するかと思った作戦会議は驚くほどスムーズに進んだ。
当日の教室の手配は学級委員である司が、当日までの準備や冬弥を呼び出すのは彰人が、そしてパーティーの演出は類がやる事になった…それは良い。
買い出しは3人それぞれでやろうとなり、買うものも決まっていた。
後は買うだけ…ただそれだけだったのに。
「…なっんで3人とも同じケーキ買ってんだよ…」
はぁあ、と大きなため息を吐き出したのは彰人である。
その中央には同じ店の箱と、全く同じホールケーキが3つ並んでいて。
そう、何故だか何を買うか、は決めていたのに誰が買うか、を決めていなかったのだ。
それによりケーキが3つもあるのに飲み物やお菓子は1つもない、という状況に陥っていた。
店の人も、さぞかし驚いたことだろう。
同じホールケーキが3つ、しかも男子高校生ばかりが買っていったのだから。
「…まあ、まだ時間はある。ケーキは1つ、うちのチームで食べるから彰人も仲間へ1つ持って帰ると良い。それより、飲み物などの買い物に行かないとな!」
司が気持ちを切り替えるように言う。
確かにそうこうしていても始まらない、と彰人も立ち上がった。
「どーも。…そうと決まりゃ早く行かねぇと。神代センパイ。冬弥来たら足止めしといて下さい」
「…そうしたいのは山々なんだけどねぇ…」
彰人のそれに類が困った顔をする。
首を傾げる二人は指し示される方を見、ギョッとした顔をした。
そこには、何と冬弥がひょこりと顔を出していて。
「…すまない、彰人。図書委員の仕事を変わってもらったから早く来たんだが…。…司先輩?神代先輩も」
綺麗な灰鼠色の瞳を瞬かせる冬弥から隠すように彰人が走る。
「?彰人?」
「いや、その、なんだ、まだこっちの用事が終わんねぇんだよ。呼びに行くから教室で待っててくんね?」
「構わないが…俺で良ければ手伝うぞ?」
「いーや、いい!!大丈夫だから!な?!」
不思議そうな冬弥に彰人は必死で笑みを浮かべた。
「そうだぞー、冬弥!オレもいるからな!」
「やぁ、青柳くん。僕もいるから心配しないでくれ」
司と類も出てくるが、冬弥はますます訝るばかりだ。
「しかし、先輩方に手伝ってもらうのに、俺が手伝わないのは…」
「…う……」
「…彰人?」
正論も正論、ど正論を叩き込まれ、思わず彰人が黙った。
それをフォローしようと司が口を開いた…その時。
「…え?」
小さなロボットが足の間をすり抜けてこちらにやってくる。
突然のことに目を丸くする3人と対象的に、類がしまった、という顔をした。
『オタンジョウビオメデトウゴザイマス、トウヤサン』
「…え?」
機械音声と共に渡される小さなバルーンアート。
呆気に取られながらもそれを受け取った冬弥の手元でそれがぽんっと弾けた。
ひらひらと舞い落ちるのは3人で描いたメッセージカード。
「…これ、は」
「っ、神代センパイ?!」
「…類ー?!」
「…いやぁ、すまない。予約設定を間違えたらしいねぇ…」
態とらしく笑う類に声を荒げかけた彰人と司は小さくため息を吐き、そして笑う。
「…今日誕生日だろ。おめでとな、冬弥」
「冬弥、誕生日おめでとう!」
「お誕生日おめでとう、青柳くん」
「彰人、司先輩、神代先輩…」
三人のお祝いの言葉に驚いていた冬弥が、ややあって表情を崩した。
想像したものとは違うが、まあ良いかと3人は笑う。
大体会議通りにはいかないものだ。
けれど、でも。
この笑顔が見られただけで…幸せなのだから。

「ありがとうございます、司先輩、神代先輩。それから彰人も。…凄く、嬉しい」



「ところで、彰人は何を隠したんだ?」
改めて冬弥が首を傾げる。
それに彰人がふいと目を逸らした。
「あー…珈琲ケーキだよ。しかも3つ分」
その言葉にああ、と笑った冬弥に司が謝る。
「すまない、冬弥。二人とも、お前にケーキを買いたがったようでな?」
「司くんもね。…そういうわけで、ケーキが3つあるのにお菓子も飲み物もないんだ。どうだろう、今から青柳くんが好きなものを買いに行く、というのは」
にこ、と笑った類に冬弥が少し困った表情を浮かべた。
だが、それにぱあと表情を輝かせたのは司だ。
「え、でも」
「それ良いな!そうと決まれば行くぞ、冬弥!」
「ちょ、司センパイ!ズルいッスよ、冬弥はオレの相棒!!…ほら、冬弥!!」
「ふふ、誘ったのは僕なんだけど。ねぇ、青柳くん?」

わあわあと廊下に声が響く。
差し出される手に小さく、小さく本日の主役が笑みを…浮かべた。


(本日、青柳冬弥の誕生日!)

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