司冬ワンライ・半ズボン/こどもの日

世間はそろそろこどもの日だ。
現に近所ではこいのぼりが風に泳いでいるのを見た。
「屋根よーり、たーかーい、こいのーぼーりー…か」
鼻歌を歌いながら司は帰り道を歩く。
そういえば前もこんなことがあった。
…あの時は司も…横を歩く幼馴染、冬弥もまだ幼かったが。
「あれから随分経ったものだなぁ…」
言いながら司はくすりと笑う。
冬弥の家は有名な音楽一家で、こどもの日も特別に祝ったことが無いと聞いていたから、その日、遊びに来ていた冬弥とこいのぼりを作ったのだ。
風をきる折り紙の風車と、揺れるこいのぼり。
いつも暗い表情をしている冬弥がその日ばかりは嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。
「…司先輩」
「…む?」
後ろから声をかけられて司は振り向いた。
立っていたのは冬弥だ。
珍しく、ジャージ姿の彼は小さく首を傾げている。
「冬弥か!珍しいな、ジャージなんて。しかも半ズボンじゃないか」
「はい。制服が汚れてしまったので…体育のジャージを」
あまり多くは語らない彼だから、司も、そうか、とだけ返した。
…みみっちい嫌がらせに合っているならこちらもやりようがあるが…そういう事でもないだろう。
だから代わりに、彼の肩を抱いた。
「わっ?!」
「しかし、半ズボンだと昔を思い出すなぁ!」
「…はい」
微笑み、冬弥が空を見上げる。
彼の目に映るのは風に靡くこいのぼり。
「…こいのぼり、作った後に外で風車を回してみようって走っていたら俺が転けてしまって」
「…そういえばあったなぁ」
肩を揺らす冬弥に、司も同じように笑う。
あの日、こいのぼりを作った後外で走っていたら冬弥が派手にコケてしまったのだ。
あの時はまだ手を傷つけてはいけないと冬弥が思い込んでいたから。
バランスを崩しながら手を庇い、思いっきり膝と顔を打った。
慌てたのは幼少時の司だ。
きれいな顔に傷をつけてしまった!と当時の司は、オレのせいですまない!と謝り、そして。
「…まだ覚えていますよ」
「覚えていてもらわなければ困るな。…オレにとっては一世一代のプロポーズだったのだから」


空にこいのぼりがひらめく。


あの時と同じ言葉を乗せて。


「…傷の責任は取る、結婚しよう、冬弥!!」

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