ワンドロ・お風呂/泡

「?!!彰人!彰人!!」
「?どうした、冬弥!」
風呂場から聞こえる、珍しく焦った声に彰人は慌ててそちらに向かった。
さて何故こんな事になっているかと言えば、事の起こりは数十分前。
誕生日に入浴剤を貰ったから試してみたい、という冬弥に「セカイに行けば良いんじゃね?」と軽く言ったのが良くなかった。
そもそも入浴剤なんて家で使えば、とも思うが、歩み寄ったとはいえ完全に関係が修復したわけではない家族がいる浴槽で入浴剤も…しかも男子高校生が…使いにくいのだろう。
流石に彰人の家で、ともいえず、ホテルなんて思いもつかなかった二人はセカイにやっていたのだった。
まさかあるとは思わなかったが…路地裏を抜けた先、見たこともない古いホテルに入ってみればお誂え向きのバスルームがあったのである。
水道も通っていたし、もはやそういうものと割り切るしかなかった。
「大変な事になったんだが、来てくれないか…?!」
返される声は切羽詰まっており、ゆっくり考えられないな、と風呂場に向かう。
「一体何があっ…」
「…悪い…」
しゅんとした冬弥は、普段より表情が出ていて可愛らしいな、と思うがそれよりも周りの光景に驚いてしまった。
色付いた水を想像していた浴槽の水が泡だらけだったからである。
「…何を入れたんだ…?」
「…これ、なんだが…」
純粋な疑問に冬弥が手渡してきたそれ。
「…泡風呂の入浴剤じゃないか?これ」
「…へ?」
「泡風呂。知らないか?泡を浮かせた風呂のことでさ…専用の入浴剤があってよ。ちなみに普通の入浴剤と効能に差はない」
きょとんとする冬弥の服を脱がせてやりながら彰人は説明する。
ついでに、自分も服を脱ぎ、シャワーでさっと身を清めた。
「まあ、そうだな。体験してみた方が早いんじゃねぇの」
先に湯船に入り、手招きする。
ぽかんとしていた冬弥がおずおずと立ち上がった。
「…ひっ!」
「うわっ!」
片足を入れたままで躊躇する冬弥を引っ張り込む。
雪崩込んだ冬弥とともにどぷんと湯に浸かった。
思ったよりも浅く湯を張っていたらしい。
「何するん、だ…!」
「お前が遅いのが悪ぃんだろ」
振り仰いでむぅ、という顔をする彼にいけしゃあしゃあとそう言い後ろから抱きしめた。
「…で?どうだ?初の泡風呂は」
「…。…まあ…悪くはない」
「それは良かった」
ブスくれながらも風呂自体は気に入ったようで、次第にその表情が蕩けてくる。
「彰人っ、彰人っ」
「なんだよ、冬弥」
上機嫌で手に掬った泡を見せてくる彼に首を傾げた。
「これ、なんだ」
「…泡にしか見えねぇけど…?」
「…意外と頭が硬いんだな」
へにゃりと笑う、珍しい程に機嫌の良い冬弥に彰人も思わず小さく笑う。
頭が硬いなんて冬弥に言われるなんて思いもしなかったのだけれど。
「で?何なんだよ、それ」
「分からないか?…マイクだ」
「…うん??」
にこにことそう言う冬弥に思わず固まった。
突拍子もない発言は珍しくもないが、今日はいつにも増して上機嫌なのである。
「…そうか。…その…頑張った、な…?」
戸惑いながらもそう言えば、彼は嬉しそうに笑った。
まるで小さな子どものように。
無邪気に、愛らしく。
「次はパンケーキにする。…彰人?」
「あ、あぁ。パンケーキな、パンケーキ」
酔っ払ったとてこうはなるまい、と思いながらふとこの入浴剤の香りは何なのかが気になった。
あまり強い香りではないようだが…と思いながら空袋に手を伸ばす。
…と。
「彰人…?」
「うわっ!…冬弥?!」
くるん、と振り向いた彼がそのまま抱きついてきた。
シャボンがいくらか舞い上がり、消える。
「…なぁ、今日はシないのか?」
「…。…お前、ベッド以外は嫌がるじゃねーか」
こてりと可愛らしく首を傾げる冬弥にそう言ってやれば、彼はムッとした表情になった。
「俺が良いって言っているのに」
「…わーった。後悔しても知らないからな?」
はぁ、と溜息を吐き出し、ゆっくりと口付ける。
パシャリと跳ねた水泡が、溶けて消えた。


「…うー…。彰人…水……」
「だから言ったっつー…。…ちょい待ってろ」
案の定逆上せた冬弥をこれまたお誂え向きにベッドに寝かせ、ペットボトルを手に戻ろうとした彰人は…ゴミ箱から入浴剤の入っていた袋を見つけ、香りを確認してからすぐに戻す。
ぐったりした可愛らしい彼に水を持っていってやらねば、と彰人は見えないように笑った。

…猫はマタタビで酔うと言うのは真理だなぁ、等と思いながら。

(風呂好きにゃんこも稀にいるものだ、なんて、言えるはずもないけれど!!)




「へぇ。セカイにはお風呂はないはずなんだけど…随分強い想いだったんだねぇ」
「いや…まあ……な…」

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