七夕/一番星

笹の葉さらさら、軒端に揺れる
お星さま きらきら
金銀砂子


「…は?」
唐突に言われたそれに、司は目を丸くする。
「だーかーらー、七夕物語だよ、司くん!ほら、もうすぐ七夕でしょ?」
「いや、それは知っているが」
レンが足をバタバタさせながら言うそれに、司はそう答えた。
そう、もうすぐ七夕である。
セカイには笹はなかったから買ってきた笹にみんなで飾り付けをしていた。
高校生にもなって七夕も何もないと思うが…皆が楽しそうだからまあ良いか、と思っていたところに飾り付けが一段落したレンが来て…これだ。
元々行事事は好きな部類だったし。
七夕物語、そう言われてどんな話だったかと思い出す。
確か、真面目な彦星と織姫が結婚したものの、遊び呆けていた為に人々が困り、遂には神から天罰を食らって天の川を挟んで引き離される話と記憶しているが。
あまりに二人が嘆き悲しむから7/7の夜だけ鵲が橋をかけてやり邂逅を赦すのだ。
下らない、と思う。
川なんぞ飛び越えて会いにいけば良いのに、と。
「オレならば、まず悲しむ前に会いに行くがな」
「あははっ、司くんらしいや」
持論まで展開すればレンが楽しそうに笑う。
「じゃあさじゃあさ、もう一つの七夕物語は知ってる?」
「…もう…一つ?」
レンから予想外のことを言われ、司は呆けてしまった。
七夕の話はこれだけだと思っていたが、違うのだろうか。
「やっぱり司くんも知らないんだ!じゃあ教えてあげる!」
何故だか得意げにレンが言う。
そうして話してくれたそれはなかなか信じがたいものだった。
「…それは…本当に七夕物語、か?」
「あれ?信じてないの?まあ、ボクも類くんから教えてもらったんだけどね…」
「情報源は類か!」
小首を傾げるレンに司は思わずツッコむ。
まあ類は無闇矢鱈に嘘をついたりはしないのだけれども。
「おや、僕をお呼びかな?」
「呼んどらん」
ひょこりと顔を出した類に司は言う。
ぱあ、とレンが表情を輝かせた。
「あ、類くん!この間の七夕物語、本当だよね?!」
「本当だとも!まあ、一般的には羽衣伝説、の方が名としては通っているかも知れないけれどね」
にこ、と類が笑う。
名としてはどちらでも良いのでは、と突っ込みたくなった。
「その…何というか……、最低ではないか…?」
色々オブラートに包んだ感想を、類が笑い飛ばす。
「昔話なんてそんなもんだよ、司くん。つるの恩返しだって、ひいては天岩戸隠れの話だって、最低といえば最低だろう?」
「それはそうかもしれないが」
「流石に、ショーには使えないけれどねぇ」
「やるなら一般的な方だな!」
くすくす笑う類に司は言った。
「そう言えば、カイトさんが呼んでいたよ、司くん」
「む、そうか」
類のそれに司は立ち上がる。
目線の先で笹に飾られた短冊が、揺れた。



セカイから戻り、司は息を吐く。
向こうでは気づかなかったが…随分遅くなってしまったようだ。
「…司先輩」
「…?おお、冬弥ではないか!」
後ろから声をかけられ、振り返ればライブ帰りなのであろう冬弥がいた。
「今晩は。今帰りですか?」
「ああ。冬弥も、か?」
「はい。今日は小さな箱だったんですけど…反省会に時間がかかってしまって」
「なるほど」
表情を緩める冬弥に司も頷く。
ふと薄い格好をしている冬弥が気になり、持ってきていたパーカーをかけてやった。
「…あの?」
「夕方は少し冷えるだろう。虫除けにもなるし、な」
「…ありがとう御座います」
冬弥がふわりと笑む。
「…お前は、織姫のようにどこかへ行ったりしないだろうからな」
「…先輩?」
小さな声の司に、冬弥が首を傾げた。
「いや、なんでもない!…見ろ、冬弥!一番星だぞ!!」
それを誤魔化し、漆黒に染まりつつある空に光る星を指差した。
「…本当ですね。…俺にとっての先輩のようです」
「?何か言ったか?」
微笑んだ冬弥の小さな言葉に今度は司が首を傾げる。
冬弥が、いえ、何も、と笑みを浮かべた。
「そうだ、お前にも短冊をやろう!今日ショーの合間に七夕飾りを作ってきてなぁ」
「…!ありがとう御座います。司先輩は、何を願ったんですか?」
短冊を手渡し、さらりと髪を揺らす冬弥に、司はとびきりの笑みを向ける。
一番星が、一層美しく輝いた、気がした。
「愛するものが、笑顔でありますように、だ!!」


…もうひとつの七夕物語。

それは、天女である織姫の羽衣含む衣服を隠し、天界に帰れなくした彦星は途方にくれる織姫をだまくらかしてそのまま結婚する、という話。

嗚呼、なんて下らないんだろう!

笹の葉がさらさら揺れる。

そこまで愛しているのなら、羽衣なんて隠さずに手を伸ばせば良いと、司は笑った。

(お星様キラキラ、二人の行く末、空から見てる?)

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