類冬ワンドロ・カゲロウ/怪談(ホラー)

「…怪談話?」
類の声に冬弥はこくりと頷いた。
図書室での逢瀬も日常になってきた、ある日。
利用する生徒もいない時間、冬弥はそんな話を持ち出した。
「夏だからという理由で先日、ライブの打ち上げ中に話をしていたんですが」
「それは…また打ち上げには盛り上がらない話題だねぇ?」
冬弥のそれに類がクスクスと笑う。
「そんなことないですよ。怪談が苦手なメンバーもいるので…それなりには」
「そうなのかい?ふふ、楽しそうで良いね」
類が楽しそうに笑うから、冬弥も僅かに表情を崩した。
「どんな話をしたんだい?」
「えっと…。俺が怖いと思ったのは陽炎の話ですかね」
「?陽炎?」
話し出した冬弥に、類が首を傾げる。
「陽炎って…春の天気のよい穏やかな日に、地面から炎のような揺らめきが立ちのぼる現象、である陽炎かな?」
「はい。噂話では陽炎はその人の想い人を写し出し、潜んでいた魔が違う世界に連れ去ってしまうとか」
類の言うそれに冬弥が答えた。
なんでも、連れ去りやすくするため、相手の想い人に化けるのだという。
それを聞いた全員が困惑していたのが忘れられない。
そういえばあれを教えてくれたのは誰だったか。
「…けれど、魔はどうやって連れて行くんだい?」
「ああ、それは名前を教えるんだそうです。会話でも何でも、想い人の名を教えてしまうと陽炎がゆらめき、引っ張られてしまうと」
「想い人?自分のではなく、かな」
「はい。想い人の名前を教え、陽炎が化けたその姿を強固なものにしてしまうと魔の方を本物と勘違いしてしまうのだとか。そうすると目の前のものを信じてしまい『こちら側』の姿を保っていられず、『あちら側』に引っ張られてしまうそうです」
類の質問に、冬弥は暑いな、と思いながら応えていく。
…そういえば、クーラーはいつ切ったのだっけ。
ちりん、と音がする。
それはいつか聞いた鈴の音。
不意に、類から貰ったお守りが地に落ちた。
ぼんやりと見れば小さな石が粉々に崩れていて。
…ゾッとしたものが背を駆け抜ける。
この類は…いつ部屋に入ってきた?
「…どうか、したのかな」
「…ぁ……」
柔らかく『類』が微笑んだ。
名前を呼ぼうとして音が出ないこと気付く。
呼んではいけないと警鐘が…なった。
…と。
「うわ、なんだいこの暑さは…青柳くん?」
「…せ、んぱ…?」
ガラ、と図書室の扉が開いて、嫌そうな顔の類が顔を出す。
ふわりと冷たい風が頬をなでた。
「冷房も入れてもらえないなんて、可哀想に!…それとも、今から入れるところかな」
「…ぇ?」
「?だから窓を閉めようとしているんだろう?」
きょとんとする類に、漸く冬弥は自分がどこに行こうとしているかに気づく。
覗き混んだ、その先は。
ひ、と小さな声を出して冬弥は気を失ったのだった。

危ない!と言ったのは…どちらだったのだろうか……。



「…今俺の傍にいるのはどちらですか…」
「うん、そんな抱きついていて分からないものかな?…君の愛しい神代類だよ、青柳冬弥くん」

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