ワンドロ/部屋・宿題

「なぁんでおれだけしゅくだい多いのー?!」
「あんたが毎日しないからでしょー?!」
少し向こうからぎゃーぎゃーと親子の会話が聞こえて、彰人はふと顔を上げた。
よくある親子のそれに彰人も、隣にいた冬弥も柔らかい笑みを浮かべる。
「小学校の時は宿題ギリギリまで溜めてたな、オレも」
「…彰人らしいな」
くす、と笑う冬弥に彰人はムッとした。
「冬弥はどうなんだよ」
「?俺か?俺は初日には全て終わらせていた。ピアノやバイオリンの練習に支障が出るからな」
「…は…?」
予想外のそれに彰人はぽかんとする。
大量にある宿題を初日に終わらせるとは…。
流石冬弥だ、出来が違う。
「その時の癖で今も初日に終わらせてしまうんだが…彰人はどうなんだ?」
「…あ?」
こてんと首を傾げた冬弥に思わず動揺してしまった。
「もう8月に入った。計画通りに行けば宿題は終わっているはずだが…彰人?」
「…やぁ、今日もあちぃなぁ……」
あはは、と笑う彰人に、冬弥の表情が冷めていく。
やっべ、と思ったのも後の祭りで。
「…彰人、逃げるな」
絶対零度のそれに、彰人は、はい、と言うしかなかった。


「…こんにちは、お邪魔します」
「あ、冬弥くんだ!いらっしゃい。うちのバカがごめんねー?」
ケラケラと笑う絵名を彰人は睨む。
だが絵名は気にも止めず、「今日は親もいないし、私も作業するから全然気にしないでね」と、手を振って階段を上がって行った。
「…良いお姉さんだな」
「……」
にこ、と微笑む冬弥に彰人は嫌そうな顔をする。
色々言いたいことがあったが全て飲み込んだ。
「さ、やろう、彰人」
部屋に招き入れるや否や、冬弥はバサバサと参考書を取り出す。
「お前…」
「?なんだ??」
「…何でもねぇよ」
はぁ、とため息を吐き、彰人はあまり手を付けていない宿題を机に置いた。
こうなった冬弥は本気だからである。
ふと、傍らに置かれた小さなバックが気になった。
まだ勉強モードになれていないのも大きい。
「なぁ、あれ何が入ってんだよ」
「ああ、あれは泊まりセットだ」
「へえ…泊まり…。…は??」
何でもないことのように言う冬弥に彰人はぽかんと見つめてしまった。
それに、冬弥はきょとんとする。
「なんだ?今日中に終わると??」
「…いや……」
「父さんになら既に報告済みだ。…友だちの家で勉強してくる、と」
「…お前、それ…」
淡々と言う彼に、彰人は息を吐き出した。
どう聞いても彼氏の家に初めて泊まる彼女の言い訳ではないだろうか。
「問題があるか?お姉さんは別に泊まっても大丈夫と言ってくれたが」
「問題しかねぇだろ…!」
深い息を吐き出し、頭を抱えた。
何故絵名と連絡を取り合っているのだとか、部屋の家主には断りなしか、とか、言いたいことは山ほどあったが全て飲み込む。
その代わりににやりと笑った。
「…なぁ、終わったらご褒美くれよ」
「…分かった。…終わったら何でもお前の言う事を聞いてやる」
「…言ったからな?」
「男に二言はない」
きっぱりと言う冬弥は、こうなったらガンと譲らない。
それを知っていて彰人は言質を取った。
やるか、とシャーペンを握る。

この夏、彰人は生まれて初めて5時間で全ての宿題を終わらせる経験を、した。



「あっ、彰人!冬弥くん良い子よね。持ってきてくれたチーズケーキも美味しいし。いいなぁ、私も冬弥くんみたいな弟が欲しかったなぁ」
「……。…冬弥はオレのだぞ」

name
email
url
comment